製薬MI業務を革新する:Difyによる24時間365日受付AI構築法
製薬MI業務を革新する:Difyによる24時間365日受付AI構築法
製薬企業のメディカルインフォメーション(MI)部門は、医療従事者(HCP)からの高度な問い合わせに迅速かつ正確に対応するという重要な使命を担っています。しかし、「医師の働き方改革」の進行に伴い、HCP側の勤務時間外での情報ニーズが増加し、MI部門の「24時間365日対応」へのプレッシャーは増大しています。また、年間数万件に及ぶ問い合わせのトリアージ(緊急度・専門性に応じた分類)も、担当者にとって大きな負荷となっています。
本記事では、この課題を解決する切り札として、LLMアプリケーション開発プラットフォーム「Dify」を用いた生成AIによる応答・分類モデルの構築方法を、具体的な技術と法規制の観点からプロフェッショナルな視点で徹底解説します。DifyのRAG(検索拡張生成)機能を活用することで、ハルシネーションを抑制しつつ、高精度な一次受付をノーコード/ローコードで実現する道筋を示します。
1. Difyと生成AIでMI一次受付を高度化する結論
結論として、製薬MI業務の一次受付は、Difyを用いた生成AIモデルによって、高い品質を維持したまま24時間365日体制へと移行することが可能です。この革新の核となるのが、Difyの持つRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)機能と、問い合わせ内容を自動で振り分ける分類(トリアージ)モデルです。RAGにより、MI部門が保有する膨大な添付文書、Q&Aデータベース、社内ガイドラインといった専門的なナレッジをAIの知識ベースとして活用できます。これにより、AIは一般的な知識ではなく、ファクトチェックされた正確な情報源に基づいた回答を生成し、ハルシネーション(誤情報生成)のリスクを大幅に抑制します。
このアプローチにより、回答精度の目標値を90%以上に設定し、応答時間を数秒以内に短縮することが可能です。MI担当者は、定型的な一次受付業務から解放され、AIでは対応できない複雑で緊急性の高い問い合わせ(例:副作用報告など)や、学術的なディスカッションといった、真の専門性が求められるコア業務にリソースを集中できるようになります。
2. 製薬MI業務が抱える2大課題:時間外対応と分類負荷
製薬MI部門の負荷増大は、主に二つの構造的な課題に起因します。一つは「時間外対応の常態化」です。2024年4月からの「医師の働き方改革」施行により、医師の労働時間が短縮され、MR(医薬情報担当者)との面談機会が減少する傾向にあります。これにより、HCPは情報収集のチャネルをデジタルへと移行し、時間や場所を選ばないMIへの問い合わせニーズが強まっています。MIへの問い合わせのうち、約70%は、添付文書の記載や既存のQ&Aで対応可能な定型的な内容であるにもかかわらず、時間外対応のために多くのリソースが割かれています。
二つ目の課題は「問い合わせの分類(トリアージ)負荷」です。問い合わせには、緊急性の高い副作用報告(安全管理情報)から、単なる製品情報の確認まで、多岐にわたる種類が含まれます。これらの初期対応を誤ると、薬事法やGVP省令(Good Vigilance Practice)などの法令遵守に関わる重大なリスクにつながりかねません。そのため、専門の担当者が全ての問い合わせに対して、正確な分類作業を行う必要があり、これが日常業務の大きなボトルネックとなっています。
製薬MI業務の課題は、単なる工数削減ではなく、法令遵守と安全管理を両立しながら、24時間体制のデジタル対応を実現することにあります。生成AIは、このトリアージの精度を向上させる役割を担います。
3. Dify RAG機能による高精度応答・分類モデルの構築ステップ
Difyを用いたMI一次受付AIの構築は、ノーコード/ローコードでRAG(検索拡張生成)を実装できるため、専門的な開発スキルがなくても迅速に進めることができます。Difyの「ナレッジ」機能は、MI部門が保有するPDF形式の添付文書、インタビューフォーム、Q&A集などのドキュメントをアップロードし、AIが参照可能な知識ベースを構築する役割を果たします。
MI関連文書(PDF、テキスト)をDifyにアップロード。データは自動でベクトル化され、AIが検索しやすい状態にインデックス化されます。
高精度な検索を実現するため、文書の「チャンク分割」(テキストの区切り)を調整し、検索手法として「ハイブリッド検索」(ベクトル検索と全文検索の組み合わせ)を選択します。これにより、専門用語や特定の製品名に対する検索精度が向上します。
LLMノードに対し、入力された問い合わせを「副作用報告(緊急)」「製品情報(定型)」「学術情報(専門家対応)」などのカテゴリに分類する指示(プロンプト)を設定します。分類結果に応じて、自動応答フローと有人エスカレーションフローを分岐させます。
Difyは、これらの設定を直感的なUIで行えるため、従来のシステム開発と比較して、PoC(概念実証)から本番導入までの期間を約1/3に短縮できる可能性があります。
4. ケーススタディ:AIによる応答自動化とトリアージモデルの効果
生成AIをMI業務に導入した製薬企業の事例では、明確な業務改善効果が報告されています。例えば、ある製薬企業では、AIによる薬に関する電話応対業務の自動化を導入し、業務時間を約3分の1に削減できる見込みを得ています。これは、AIが一次受付を担うことで、人手による対応が不要な定型的な問い合わせ対応が劇的に減少した結果です。
Difyで構築されたトリアージモデルは、この効率化をさらに加速させます。問い合わせが入力されると、AIはまずその内容を瞬時に分析し、以下のように分類します。
- レベル1(自動応答): 添付文書の用法・用量など、定型的な質問。AIがRAGで即時回答を生成し、情報源を引用して提示。
- レベル2(エスカレーション): 副作用報告、製品クレームなど、緊急性の高い情報。AIは質問を要約し、即座に専門の安全管理担当者へ通知する。
- レベル3(専門家対応): 最新の学術論文や、競合品との比較に関する高度な質問。AIは過去の類似問い合わせと回答履歴を検索し、MI担当者へトリアージするとともに、回答の下書きを生成して支援する。
この仕組みにより、専門家は緊急性の高い問い合わせに集中でき、24時間365日、全ての問い合わせに対して適切な「初期対応」が保証されます。
5. 医療・薬事法規制遵守とハルシネーション対策の徹底
製薬MI業務における生成AIの活用は、業務効率化の大きなメリットがある一方で、医療・薬事法規制への遵守とリスク管理が極めて重要です。MIの一次受付AIは、通常、診断や治療に直接関与しないため、薬機法上の「プログラム医療機器(SaMD)」には該当しない可能性が高いですが、提供する情報が不正確であることによる健康被害のリスクは常に存在します。
具体的な対策としては、以下の徹底が必要です。
- RAGによる情報源明示: DifyのRAG機能により、AIが回答を生成する際に参照した添付文書やQ&Aの「引用元」を必ず提示し、トレーサビリティを確保する。
- ハルシネーション抑制プロンプト: AIに対して、知識ベース(ナレッジ)にない情報については「わかりません」と回答するよう明確に指示する。
- 個人情報保護: 問い合わせに含まれる個人情報(特に要配慮個人情報)の取り扱いについて、次世代医療基盤整備法や個人情報保護法のガイドラインに基づき、匿名化やセキュリティ対策を徹底する。
医療・ヘルスケア分野での生成AI利用においては、ハルシネーション(誤情報生成)のリスクが最も重大です。AIが生成した内容を、最終的にMI担当者などの人間が必ず確認・修正するプロセス(Human-in-the-Loop)を義務付ける利用ルールを組織的に規定しなければなりません。
まとめ
製薬MI業務の未来は、DifyのようなLLM開発プラットフォームとRAG技術を活用した生成AIにあります。時間外対応の常態化と、副作用報告などの緊急性の高い問い合わせに対する分類負荷という二つの大きな課題は、AIによる「24時間365日の一次受付」と高精度なトリアージモデルによって解決されます。Difyを使えば、MI部門の専門ナレッジを知識ベースとして容易に構築し、ハルシネーションを抑制しつつ、高い精度でHCPへ情報提供が可能です。しかし、医療分野特有の薬機法や個人情報保護法といった規制を遵守し、最終確認は必ず人間が行う「Human-in-the-Loop」の仕組みを導入することが、安全かつ効果的なAI活用を実現するための絶対条件となります。まずはスモールスタートでPoCを実施し、業務適合性を検証することが成功への第一歩です。
株式会社ヘルツレーベン代表 木下 渉
株式会社ヘルツレーベン 代表取締役/医療・製薬・医療機器領域に特化したDXコンサルタント/
横浜市立大学大学院 ヘルスデータサイエンス研究科 修了。
製薬・医療機器企業向けのデータ利活用支援、提案代行、営業戦略支援を中心に、医療従事者向けのデジタルスキル教育にも取り組む。AI・データ活用の専門家として、企業研修、プロジェクトPMO、生成AI導入支援など幅広く活動中。

