Claudeは医療の未来をどう変える?ChatGPTとの違いと2025年のAIポテンシャル
医療現場におけるAIの活用は、画像診断支援などを中心に急速に進んでいます。しかし、その一方で「AIにどこまで任せられるのか」「患者の機密情報は安全なのか」といった懸念の声も少なくありません。そんな中、「安全性」と「高度な対話能力」を武器に、医療分野で大きな注目を集めているのが、Anthropic社が開発した生成AI「Claude」です。
この記事は、以下のような悩みを持つ医療関係者や研究者の方々に向けて執筆しています。膨大な量の医学論文やカルテの処理に時間がかかり、本来の研究や診療に集中できない。ChatGPTなどのAIを試したが、情報の正確性や倫理的な側面に不安を感じる。AIを導入したいが、どのモデルが自院のニーズに合っているのか判断できない。
この記事を読めば、Claudeが他のAIと何が違うのか、特に医療分野においてどのような強みと可能性を秘めているのか、そして2025年を見据えた未来の展望まで、深く理解することができます。
この記事でわかること
- Claudeの「Constitutional AI」による安全性の高さと医療現場での信頼性
- 200,000トークンの長文読解能力による論文・カルテ処理の効率化手法
- ChatGPTとの具体的な性能比較と、医療用途での最適な選択基準
Googleも出資するAnthropic社が開発した「Claude」とは?
Claudeは、OpenAIの元メンバーによって設立されたAIスタートアップ「Anthropic」によって開発された大規模言語モデル(LLM)です。Googleなどから多額の出資を受けていることでも知られ、その性能と安全性への取り組みが高く評価されています。2025年3月には、シリーズEラウンドで35億ドル(約5,484億円)もの資金調達を実施し、AI業界での存在感をさらに高めています。
Claudeの最大の特徴は、「Constitutional AI(憲法AI)」と呼ばれる独自のフレームワークに基づいて設計されている点です。これは、AIが自己修正を行う際に、国連の世界人権宣言などにヒントを得た一連の原則(憲法)に従うようにトレーニングする手法です。これにより、有害なアウトプットや倫理的に問題のある回答を生成するリスクを最小限に抑え、より安全で信頼性の高いAIアシスタントとなることを目指しています。
最新モデルである「Claude 3.5」ファミリーは、能力に応じて「Haiku」「Sonnet」「Opus」の3種類が提供されており、特に中核モデルのSonnetは、大学院レベルの専門的推論などでGPT-4を上回るスコアを記録するなど、業界最高水準の性能を誇ります。2024年6月に発表されたClaude 3.5 Sonnetは、コーディングタスクや視覚的推論において従来モデルを大幅に上回る性能を示し、医療データの解釈や複雑な診療記録の分析にも適した能力を備えています。
【出典:Introducing Claude 3.5 Sonnet – Anthropic】Constitutional AIがもたらす医療での安全性
医療分野では、患者の生命と健康に直結する判断が求められるため、AIの倫理性と安全性は極めて重要です。Constitutional AIは、AIが有害な指示や偏見を含む要求を拒否し、倫理的に適切な応答を生成するように設計されています。これは、医療現場でのAI導入における最大の懸念事項の一つである「誤情報の生成リスク」を低減する重要な仕組みとなっています。
実際にAnthropic社は、AIの安全性レベルを定義する独自のフレームワークを設けており、Claude 3は比較的リスクの低い「ASL-2」に分類されています。これは、医療従事者が安心してAIを業務のパートナーとして活用できる基盤となっています。
【出典:Constitutional AI: Harmlessness from AI Feedback – Anthropic】膨大な医療論文も瞬時に要約!Claudeが医療現場で活躍する3つの理由
では、具体的にClaudeは医療分野でどのようにその能力を発揮するのでしょうか。他のAIと比較した際の、3つの大きなメリットを解説します。
圧倒的な長文読解能力:最新論文やカルテの情報を迅速に把握
Claude 3.5モデルは、最大で200,000トークン(日本語で約10万〜15万文字)という非常に大きなコンテキストウィンドウを持っています。これは、一般的なAIモデル(例えばGPT-3.5の16,000トークン)をはるかに凌駕する能力です。さらに、2025年8月にはGoogle CloudのVertex AIプラットフォームにおいて、100万トークンのコンテキストウィンドウが利用可能となり、より大規模なデータ処理が可能になりました。
この能力により、長大な医学論文や研究レポート、あるいは一人の患者の全期間にわたる電子カルテ情報を丸ごと読み込ませ、その内容について要約や質疑応答を行うことが可能です。これまで医師や研究者が何時間もかけて行っていた情報収集・整理の時間を大幅に短縮し、より本質的な業務に集中できるようになります。
例えば、がん患者の複数年にわたる診療記録、検査結果、投薬履歴をすべて一度に解析し、「この患者の治療経過における重要な転換点はいつか」「現在の症状と過去の記録から考えられる最適な治療方針は何か」といった高度な質問に対して、包括的な分析結果を提供することができます。
【出典:Claude Developer Platform – Release Notes】高度な倫理性と安全性:患者のプライバシーと安全性を最優先
前述の「Constitutional AI」により、Claudeは他のモデルと比較して、有害な指示や偏見を含む可能性のある要求を拒否する傾向が強く、より安全な応答を生成するように設計されています。
患者の個人情報や機密性の高い医療データを扱う現場において、この安全性は極めて重要です。不適切な情報漏洩や、誤った医療アドバイスの生成リスクを低減できるため、医療従事者は安心してAIを業務のパートナーとして活用できます。
2025年7月には、AnthropicがCMS(メディケア・メディケイド・サービスセンター)の医療技術エコシステム誓約に署名し、医療情報の相互運用性向上と患者データの適切な取り扱いに対するコミットメントを明確にしました。これは、医療分野におけるAI活用の信頼性を高める重要な一歩となっています。
【出典:Anthropic Signs CMS Health Tech Ecosystem Pledge】
マルチモーダル対応:レントゲン画像や検査データの読み取りも可能に
Claude 3.5はテキストだけでなく、画像やグラフ、図表などを理解する「マルチモーダル機能」を備えています。これにより、レントゲン写真やCTスキャン画像、心電図の波形データ、臨床検査結果のグラフなどをアップロードし、その内容について分析や解説を求めるといった活用が可能になります。
例えば、「この胸部X線写真から考えられる所見をリストアップしてください」といった指示が可能になり、医師の診断をサポートする強力なツールとなり得ます。Claude 3.5 Sonnetは特に視覚的推論タスクにおいて優れた性能を発揮し、チャートやグラフの解釈においても高い精度を示しています。
これにより、診断精度の向上や、専門医がいない地域での医療格差の解消にも貢献することが期待されます。実際に、2024年12月に発表された研究では、Claude 3.5 Sonnetが腎不全患者の退院サマリー作成において、人間の医師と同等レベルの性能を示したことが報告されています。
【出典:Comparative study of Claude 3.5-Sonnet and human physicians – PMC】万能ではない?Claudeを医療で活用する上での注意点
多くのメリットを持つClaudeですが、医療現場で活用する際には注意すべき点も存在します。
ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクはゼロではない
これはClaudeに限らず、全ての生成AIに共通する課題ですが、「ハルシネーション」と呼ばれる、事実に基づかないもっともらしい情報を生成してしまうリスクは依然として存在します。Claude 3.5は、前モデルと比較してハルシネーションを大幅に低減していますが、ゼロになったわけではありません。
したがって、AIが生成した情報を鵜呑みにするのではなく、最終的な診断や治療方針の決定は、必ず資格を持つ医師が責任を持って行う必要があります。AIはあくまで優秀な「アシスタント」であり、意思決定者ではないという認識が不可欠です。
特に医療分野では、誤った情報が患者の生命に直結する可能性があるため、AIが提供する情報は必ず医学的根拠と照合し、複数の情報源で確認することが求められます。臨床現場では、AIの提案を「仮説」として扱い、医師の専門知識と経験による検証プロセスを経ることが重要です。
法規制とコンプライアンスの遵守
AIによる診断や治療支援は、日本の医師法や医薬品医療機器等法(薬機法)に抵触する可能性があります。現状では、AIが直接患者に診断を下したり、治療法を指示したりすることは認められていません。AIの生成物を診療に利用する場合は、それが「診断支援」の範囲に留まるよう、院内でのガイドライン策定や法的な確認が重要になります。
また、患者データを外部のAIサービスに送信する際には、個人情報保護法やGDPR(EU一般データ保護規則)などの規制に準拠する必要があります。医療機関は、データの匿名化、暗号化、アクセス制御などの技術的対策を講じるとともに、患者からの適切な同意取得プロセスを確立することが求められます。
【徹底比較】Claude vs ChatGPT:医療現場で選ぶべきAIはどっち?
医療分野でAIを活用する際、最も比較対象となるのがChatGPT(GPT-4)でしょう。どちらも非常に高性能ですが、その特性には違いがあります。以下の表は、医療分野のユースケースを想定した比較です。
主要AIモデルの比較:Claude 3.5 Sonnet 対 ChatGPT (GPT-4o)
| Claude 3.5 Sonnet | ChatGPT (GPT-4o) | |
|---|---|---|
| 得意分野 | 論文・カルテの緻密な読解、研究開発支援、倫理的な配慮を要する対話 | 幅広い質問への応答、創造的な文章作成、多機能なデータ分析 |
| 長文処理能力 | 優れている(◎) 200,000トークン (Vertex AIでは100万トークン対応) |
良好(○) 128,000トークン |
| 応答の信頼性 | 優れている(◎) ハルシネーションの少なさで定評 |
良好(○) |
| 倫理性・安全性 | 優れている(◎) Constitutional AIによる高度な安全機構 |
良好(○) |
| 日本語の自然さ | 良好(○) | 優れている(◎) |
| マルチモーダル機能 | 良好(○) 画像、グラフの認識など、特に視覚的推論に強み |
優れている(◎) 画像、音声、データ分析など多角的な機能 |
| 処理速度 | 優れている(◎) Opusの約2倍の高速処理 |
良好(○) |
結論として、膨大なテキストデータ(論文、カルテなど)を安全かつ正確に扱いたい医療研究や大規模なデータ分析にはClaudeが、より汎用的な質問応答や患者向け説明資料の作成などにはChatGPTが向いていると言えるでしょう。ただし、両モデルとも進化が速いため、常に最新の性能を評価し、目的に応じて使い分けるのが賢明です。
2025年9月には、米国の大規模医療システムであるBanner Healthが、AnthropicおよびOpenAIと提携し、臨床医向けのAIアシスタントツールを導入したことが報告されています。このツールは、臨床ノート、病理結果、遺伝子検査、画像検査、検査データを迅速に分析することができ、その処理速度と精度が高く評価されています。
【出典:Banner and Anthropic showcase the healthcare AI space race – Modern Healthcare】Claudeはこんな医療関係者・機関におすすめ
ここまでの情報を踏まえ、Claudeの導入が特に推奨されるケースと、そうでないケースをまとめました。
こんな方におすすめ
- 研究医・大学病院の研究者
大量の最新論文を効率的にレビューし、研究開発を加速させたい方に最適です。200,000トークン(場合によっては100万トークン)のコンテキストウィンドウにより、複数の論文を一度に読み込ませて比較分析を行ったり、特定のテーマに関する包括的な文献レビューを短時間で実施したりすることが可能です。 - 大規模病院の情報管理部門
膨大な電子カルテデータを解析し、診療の質の向上や病院経営の効率化を目指す機関に適しています。患者の長期的な診療記録から傾向を分析したり、類似症例を検索したり、診療プロトコルの最適化に役立つインサイトを抽出したりすることができます。 - 製薬企業の開発担当者
創薬プロセスの初期段階で、膨大な化合物データや臨床試験データを分析し、新薬候補を探索したい企業に有用です。長文処理能力により、複数の臨床試験報告書を横断的に分析し、有効性や副作用のパターンを抽出することが可能です。 - AIの倫理性を重視する医療機関
患者のプライバシー保護とAIの安全な運用を最優先に考えている機関にとって、Constitutional AIを採用したClaudeは理想的な選択肢です。CMSの医療技術エコシステム誓約への署名など、医療分野での責任ある利用に対するコミットメントも評価できます。
導入に慎重な検討が必要な方
- AI専門の担当者がいない小規模クリニック
高度な機能を最大限に活用し、安全に運用するための体制構築が難しい場合は、導入前に十分な検討が必要です。AIの限界を理解し、適切に監督できる人材の確保が重要となります。 - リアルタイムでの緊急診断をAIに期待する方
現状のAIは、緊急性の高い医療判断を単独で行うレベルには達していません。AIは診断支援ツールであり、最終的な判断は常に医療従事者が行う必要があります。 - 日本語での自然な対話や文章作成を最優先する方
患者向けの説明文書や一般向けの健康情報コンテンツの作成においては、ChatGPTの方がより自然な日本語表現を得意とする場面もあります。用途に応じて適切なツールを選択することが重要です。
まとめ:Claudeは医療の質を向上させるパートナーとなりうるか
Anthropic社のClaudeは、その圧倒的な長文読解能力、高度な安全性、そしてマルチモーダル対応により、医療分野に革命をもたらすポテンシャルを秘めたAIです。特に、情報の正確性と倫理性が厳しく問われる医療現場において、Constitutional AIに基づく安全設計は大きなアドバンテージとなるでしょう。200,000トークンのコンテキストウィンドウは、論文レビューや電子カルテ分析において実用的な価値を提供し、医療従事者の業務負担を大幅に軽減する可能性を持っています。
2025年に向けて、生成AIはさらに進化し、治療計画のパーソナライズや合成医療データの生成など、活用の幅はさらに広がると予測されています。実際に、Banner HealthとAnthropicの提携事例が示すように、大規模医療システムでのAI導入が進み始めており、臨床現場での具体的な成果も報告されています。Claudeのような安全性を重視したAIは、医師や研究者にとって、業務負担を軽減し、より高度な知的作業に集中するための強力な「パートナー」となるはずです。
ただし、AIは万能の魔法の杖ではありません。その能力と限界を正しく理解し、人間が最終的な責任を持つという原則を忘れないことが、医療の未来をより良いものにするための鍵となります。ハルシネーションのリスクは依然として存在し、法規制やコンプライアンスの遵守も不可欠です。医療機関は、適切なガイドラインを策定し、AIを「診断支援ツール」として位置づけ、医師の専門知識と組み合わせて活用することが求められます。
Claudeの更なる進化と、それが拓く医療の新しい地平に、今後も目が離せません。AI技術が医療の質を向上させ、患者により良いケアを提供するためのツールとして、責任ある形で活用されることを期待しています。
【出典:Anthropic – Claude】
株式会社ヘルツレーベン代表 木下 渉
株式会社ヘルツレーベン 代表取締役/医療・製薬・医療機器領域に特化したDXコンサルタント/
横浜市立大学大学院 ヘルスデータサイエンス研究科 修了。
製薬・医療機器企業向けのデータ利活用支援、提案代行、営業戦略支援を中心に、医療従事者向けのデジタルスキル教育にも取り組む。AI・データ活用の専門家として、企業研修、プロジェクトPMO、生成AI導入支援など幅広く活動中。

