院内マニュアルAIをDifyで実現!RAGによる「当院ルール」遵守の仕組みを解説
院内マニュアルAIの作り方:Dify RAGで「当院のルール」に沿った回答を出す仕組み
医師や看護師、事務職にとって、膨大な院内マニュアルや手順書から必要な情報を瞬時に探し出す作業は、日常的なストレスであり、貴重な時間を奪う要因となっています。特に医療現場では、わずかな情報検索の遅れが患者の安全に関わる事態にも発展しかねません。このような課題を解決し、「当院のルール」に絶対的に準拠した回答を即座に提供できるAIアシスタントの導入が急務です。
本記事では、ノーコードAIプラットフォーム「Dify」を活用し、いかにして院内マニュアルを学習させた高精度なAIチャットボットを構築できるのか、その核心技術であるRAG(検索拡張生成)の仕組みと、医療機関特有のセキュリティを確保しながら導入する具体的な方法を、専門的な視点から徹底解説します。Difyを導入することで、開発時間を約80%短縮し、現場主導で業務特化型のAIミニアプリを量産することが可能になります。
1. 院内マニュアルAI導入の結論:Dify RAGがハルシネーションを防ぐ
院内マニュアルを覚えたAIを実現する上で、Difyが選ばれる決定的な理由は、その「高度なRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)の簡単実装」にあります。大規模言語モデル(LLM)は、一般的な知識は豊富ですが、学習データにない病院独自のルールや最新の医療情報、ローカルな手順書には対応できません。また、事実に基づかないもっともらしい誤情報(ハルシネーション)を生成するリスクも存在します。
DifyのRAG機能は、この課題を解決します。ユーザーからの質問に対し、まずアップロードされた院内マニュアルのデータベースから最も関連性の高い情報を「検索(Retrieval)」し、その情報を根拠としてLLMに与え、正確な回答を「生成(Generation)」させます。これにより、AIは「一般的な正解」ではなく「当院のマニュアルに書かれた正解」のみを提示できるようになるのです。ある企業では、Difyの導入により、年間約18,000時間(1人当たり月1.5時間相当)の業務削減が実現したというデータもあり、AI開発のハードルを下げ、現場主導の業務効率化を加速させます。
RAGは、LLMの「ハルシネーション(誤情報)」と「知識不足(院内ルール)」という二大弱点を克服します。Difyは、この複雑なRAGの一連の処理をノーコードで自動化し、開発期間を大幅に短縮します。特に、社内ナレッジを活かしたAIは、一般的なAIでは対応できない専門性の高い内容、例えば就業規則や特定の医療手順書に基づいた回答も可能にします。
2. RAGの仕組み:マニュアルを「知識ベース」にする3つのステップ
Difyで院内マニュアルをAIに学習させるプロセスは、主に「知識ベースの作成」を通じて実現されます。この「知識ベース」こそが、RAGにおける外部データベースの役割を果たし、LLMが参照する独自の知識源となります。Difyでは、PDF、Word、Excelなど、さまざまな形式のドキュメントをこの知識ベースに簡単にインポートできます。
RAGシステムは、以下の3つのステップで動作し、院内マニュアルの知識を回答に反映させます。
- 検索(Retrieval):ユーザーの質問(例:「深夜勤務時の休憩時間は?」)を分析し、それと意味的に関連性の高いマニュアルの箇所(チャンク)を知識ベースから抽出します。
- 拡張(Augmentation):抽出されたマニュアルの具体的なテキスト情報が、元の質問文に「文脈(コンテキスト)」として追加されます。
- 生成(Generation):拡張された質問文(質問+マニュアルの根拠条文)がLLMに渡され、LLMは根拠に基づいた正確な文章として回答を生成します。
このプロセスにより、LLMは一般的な知識ではなく、アップロードされたマニュアルの情報を信頼できるソースとして利用し、ハルシネーションを最小限に抑えつつ、より正確で関連性の高い回答を提供できます。
3. 高精度な回答を可能にする「チャンキング」と「埋め込み」の技術
RAGの精度を左右する最も重要な要素の一つが、Difyが裏側で行っている「チャンキング(セグメント分割)」と「埋め込み(ベクトル化)」の処理です。院内マニュアルはしばしば数万字に及ぶ長文であり、そのままではAIが効率的に検索できません。そこでDifyは、ドキュメントを意味のまとまりごとに小さなブロック(チャンク)に分割します。
Difyは、RAGの精度を高めるために、単なる固定長分割だけでなく、「汎用分割」や、より高度な「親子分割(階層分割)」といったセグメント分類方法を提供しています。特に親子分割は、文書の構造や文脈を理解した単位(章や節)で分割できるため、検索の効率と精度が向上します。
さらに、Difyは分割された各チャンクを「埋め込みモデル」によって数値の羅列(ベクトル)に変換します。ユーザーの質問も同様にベクトル化され、知識ベース内のチャンクベクトルとの距離(類似度)を計算することで、最も関連性の高い情報ブロックを瞬時に特定します。これにより、マニュアルのどの部分が質問の意図と合致するかを正確に判断できるようになります。LLMを活用することで、文脈を理解したチャンク分割の自動化も可能になり、手作業による分割の工数を削減しつつ、RAGの品質を担保できます。
RAGの精度は「チャンク分割の品質」に大きく依存します。マニュアルの「章」や「節」といった意味単位で分割することで、AIは質問に対して、根拠となる文脈をまるごと取得でき、回答の信頼性を高めることが可能です。Difyのナレッジパイプライン機能は、この複雑な分割作業を効率化します。
4. 【事例】院内マニュアルAIの具体的な活用シーンと導入手順
Difyで構築する院内マニュアルAIは、単なるFAQボットに留まらず、医療従事者の業務を多角的に支援できます。特に経験の浅い若手職員や新入職員の教育、医療の質の確保に大きく貢献します。例えば、心身障害児総合医療療育センターでは、看護手順書やヒヤリハット事例集をRAGシステムに学習させる実証実験(PoC)が行われ、看護指導部から高い評価を得ています。
具体的な活用シーンには、以下のものが挙げられます。
- 看護手順の即時検索:「特定疾患の点滴手順」や「人工呼吸器のアラーム対応」など、緊急性の高い情報を数秒で検索し、医療安全に貢献します。
- ヒヤリハット事例の活用:「過去のインシデント事例」を検索し、同様の事態を防ぐための具体的な注意点や教訓を抽出します。
- 事務手続きの自動案内:「病棟間の物品移動申請手順」や「有給休暇の取得ルール」など、職員からの頻繁な問い合わせに自動で回答し、事務部門の負担を軽減します。
Difyでの導入は、プログラミング知識がなくても以下のステップで実現できます。
PDFやWord形式のマニュアルをDifyにアップロードし、知識ベースを作成します。この際、チャンキング設定を最適化します。
Difyのワークフロー機能(Chatflow)で「知識取得」ノードと「LLMノード」を接続し、作成したナレッジベースを紐づけます。
プレビュー画面で実際に質問を投げかけ、回答の精度を確認します。LLMへの指示(プロンプト)を調整し、回答のトーンや形式を「当院のルール」に合わせて最適化します。
5. 医療機関が最優先すべきDify導入のセキュリティと運用指針
機密性の高い医療情報を扱うAIシステムでは、機能性以上にセキュリティが最優先事項となります。Difyはオープンソースソフトウェアとして提供されており、クラウドサービスだけでなく、自社のサーバーにインストールして運用できる「セルフホスト版(オンプレミス)」に対応しています。これにより、機密情報や個人情報が外部のクラウドに流出するリスクを大幅に抑え、企業の厳格なセキュリティポリシーの下で生成AI技術を活用できます。
医療機関がDify RAGを導入する際は、厚生労働省が定める「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」への対応が必須です。具体的には、以下の点に留意する必要があります。
- ローカル環境での運用:マニュアルやヒヤリハット事例などの機微情報を含むデータを外部に送信しないよう、オンプレミス環境でDifyを運用します。
- 入力データの再学習禁止:利用者がAIに入力した情報が、AIモデルの学習データとして再利用されない設定であることを確認し、プライバシーを保護します。
- アクセスと権限の管理:利用ログの詳細な記録、職員の役割に応じたきめ細やかな権限管理を設定し、ITガバナンス要件に沿った運用を徹底します。
これらの対策を講じることで、AIによる業務効率化を図りつつ、情報漏洩のリスクを最小限に抑えた安全なシステム運用が可能となります。このガイドラインは、令和5年5月に第6.0版が公開されており、サイバーセキュリティ対策の優先的に取り組むべき事項がチェックリストにまとめられています。
医療機関でのAI導入においては、機能検証よりもまずセキュリティ対策が優先されます。特に「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」に基づき、ローカル環境での運用、入力データの匿名化・再学習禁止設定、厳格なアクセス権限管理を徹底することが、法令遵守と患者からの信頼確保に不可欠です。
まとめ
Difyを活用した「院内マニュアルAI」は、医療現場のナレッジ活用と業務効率化を一気に加速させるソリューションです。その核心は、院内マニュアルを外部知識源とするRAG(検索拡張生成)の仕組みにあり、これによりAIは一般的な回答ではなく、「当院のルール」という独自の文脈に基づいた、根拠のある正確な回答を生成できます。Difyのノーコード開発環境は、プログラミング知識がない現場担当者でも、PDFやWord形式のマニュアルをアップロードし、数ステップでRAGチャットボットを構築することを可能にします。
医療機関特有のセキュリティ課題に対しては、Difyのセルフホスト(オンプレミス)運用を選択することで、機密データを外部に漏らすことなく、厚生労働省のガイドラインに準拠した安全な環境でのAI活用を実現できます。情報検索にかかる時間を削減し、職員の教育と医療の質向上に貢献するDify RAGの導入は、医療DXを推進する上での強力な一手となるでしょう。
株式会社ヘルツレーベン代表 木下 渉
株式会社ヘルツレーベン 代表取締役/医療・製薬・医療機器領域に特化したDXコンサルタント/
横浜市立大学大学院 ヘルスデータサイエンス研究科 修了。
製薬・医療機器企業向けのデータ利活用支援、提案代行、営業戦略支援を中心に、医療従事者向けのデジタルスキル教育にも取り組む。AI・データ活用の専門家として、企業研修、プロジェクトPMO、生成AI導入支援など幅広く活動中。

