セルフサービスBIをDifyで加速。医療従事者が自分でデータを分析できる環境の作り方
セルフサービスBIをDifyで加速:医療従事者が行うデータ分析環境構築
今日の医療現場では、電子カルテや各種検査機器から日々膨大なデータが生まれています。これらのデータを迅速に活用し、臨床・経営の意思決定に役立てたいという現場のニーズは高まっていますが、従来のデータ分析はIT部門や専門のデータサイエンティストに依存し、分析結果を得るまでに数週間かかることも珍しくありません。このリードタイムの長さが、医療の質向上や業務効率化のボトルネックとなっています。
本記事では、専門知識を持たない医療従事者自身が、大規模言語モデル(LLM)アプリ開発プラットフォームであるDifyを活用し、自然言語でデータ分析を完結できる「セルフサービスBI」環境を構築するための具体的な方法論を解説します。これにより、データ分析の民主化を実現し、現場主導の迅速な意思決定を可能にする道筋を示します。
1. Difyが実現する「現場主導型分析」の全体像
セルフサービスBIの成功は、技術的な敷居の低さと、分析の正確性・安全性の両立にかかっています。Difyは、ノーコード・ローコードでAIアプリケーションを構築できるプラットフォームであり、これを活用することで、医療従事者が専門的なSQLスキルなしにデータにアクセスできる環境を構築できます。具体的には、Difyのコア技術であるRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)機能を利用します。
このアプローチでは、Difyに病院内のデータウェアハウス(DWH)のスキーマ情報や、SDM(Semantic Data Modeling)などのヘルスケア情報に関する設計書をドキュメントとして学習させます。これにより、医療従事者が「〇〇科の再入院率の傾向を分析して」といった自然言語の質問を投げかけると、Difyが裏側で正確なSQLクエリを自動生成・実行し、結果を可視化ツールに連携します。これにより、従来の分析プロセスと比較して、分析のリードタイムを約90%以上短縮することが可能になります。
2. 医療現場の課題とセルフサービスBIの導入メリット
従来のBIツールは、情報システム部門が定型レポートを作成し、現場に提供する「エンタープライズBI」の形が主流でした。しかし、現場の医師や看護師が抱える「特定の患者群の予後因子をすぐに知りたい」「特定の治療法におけるコスト効率を検証したい」といった非定型のニーズに、IT部門が迅速に対応するのは困難です。また、有効なデータ分析を行うには、データの前処理や分析手法の選択、結果の解釈に、統計知識やビジネス理解(医療の場合は臨床知識)が求められるというスキルギャップの問題もありました。
セルフサービスBIは、この課題を解決します。現場のエンドユーザーが直感的な操作でデータにアクセスし、自らダッシュボードを作成・変更できるため、意思決定のスピードが飛躍的に向上します。また、現場主導でレポートの修正やデータ連携の設定を行えるため、IT部門の保守負担を大幅に軽減でき、IT部門の工数を平均約30%削減した事例も報告されています。
持続可能な情報活用の仕組みを構築するためには、病院の業務を考慮したDWH(データウェアハウス)の設計が不可欠です。「SDM(Semantic Data Modeling)」のように、ヘルスケア情報に基づくオープンソースのDWH設計書を活用することで、項目の意味(Semantics)を理解した、有意義な二次利用ができるデータ構造を確立できます。
3. Difyを活用した「自然言語クエリ生成」の具体的手順
DifyをセルフサービスBIの核として活用する具体的なステップは、以下の通りです。このプロセスにより、LLMがデータ分析の「通訳者」となり、医療従事者の意図を正確にデータベースに伝達します。Difyのようなノーコードツールは、チャットボットやRAGを標準機能として提供しているため、非エンジニアでも比較的簡単にAIアプリを構築できます。
病院内のDWHや電子カルテDBから、分析対象となるデータをDifyのツール機能やAPI経由でセキュアに連携します。同時に、データベースのテーブル名、カラム名、そしてそれらが持つ意味(例: ‘ADMISSION_ID’ = 入院ID)を定義したドキュメントをRAGパイプラインにアップロードし、LLMに学習させます。
LLMに対して、「あなたは医療データ分析アシスタントです。ユーザーの質問に対し、必ず学習したスキーマ情報とSDM定義を参照し、SQLクエリのみを生成してください」といった明確な指示(プロンプト)を設定します。Difyのワークフロー機能で、生成されたSQLの実行、結果の取得、そして最終的な自然言語での要約・可視化を自動化します。
医療従事者は、Difyのチャットインターフェースに「心臓外科手術後の合併症発生率が前年比でどう変化したか、年齢層別に分析しなさい」と入力するだけで、分析結果(データやグラフ)をすぐに得ることができます。
4. ケーススタディ:Dify導入による分析時間の劇的短縮
Difyがもたらす変革は、単なるクエリ生成の自動化に留まりません。ある医療機関の経営企画部門では、Difyを導入することで、診療報酬請求データ(レセプトデータ)やDPC(診断群分類)データから、特定の診療プロセスのボトルネックを特定する作業を劇的に短縮しました。従来、この作業はデータ抽出・加工に特化したIT部門の担当者がSQLを組んで実行し、結果をExcelに落としてから、現場の医師・事務が解釈・検証を行うため、一連のプロセスに平均3週間を要していました。
Dify導入後は、現場の事務担当者が「主要な手術における在院日数の標準偏差が最も高いのはどの手術か?」と質問するだけで、AIが数秒でクエリを生成・実行し、結果を提示。現場担当者がその場で「この手術は標準化が遅れている」と判断し、すぐに改善策の議論を開始できるようになりました。これは、膨大な文書の精査を数週間から数分に短縮した他業種の成功事例と共通するものであり、医療現場でも意思決定のスピードを約10倍に加速する効果が期待できます。
セルフサービスBIは、現場の部門が特定の問題に対して、必要なタイミングで自ら原因を見出すことを目的とします。これにより、データに基づいた迅速な意思決定(データドリブン経営)が実現し、医療の質向上(QOL向上)と経営効率化の両立を可能にします。
5. 最重要課題:医療データ分析におけるセキュリティとガバナンス
機密性の高い患者情報を取り扱う医療分野において、セルフサービスBIの導入で最も重要となるのは、セキュリティとデータガバナンスです。エンドユーザーがデータに直接触れる環境だからこそ、不正確なデータ分析や情報漏洩を起こさないための厳格なルールが必要です。
日本においては、厚生労働省が策定する「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」の遵守が必須となります。特に、令和5年5月に改定された第6.0版では、クラウドサービスの普及を踏まえ、外部委託・外部サービスの利用に関する整備が強化されており、医療機関とサービス提供者(Difyなどのプラットフォーム提供者を含む)間での責任分界を書面で可視化することが求められています。
Difyのようなクラウド型プラットフォームを利用する場合、以下の対策を徹底する必要があります。
- 匿名化・仮名化の徹底: LLMが取り扱うデータは、個人が特定されないよう、事前に適切な匿名化処理を施す。
- アクセス権限の厳格化: 職種や役割に応じた最小限のデータアクセス権限(ロールベースアクセス制御)を設定する。
- 監査ログの取得: 誰が、いつ、どのようなクエリを実行し、どのデータにアクセスしたかのログをすべて取得し、定期的に監査する。
医療情報システムを利用・管理するすべての医療機関は、厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」を遵守する義務があります。クラウドサービス利用時は、特に責任分界とセキュリティ要件の適合性を、導入前に必ず確認してください。
まとめ
セルフサービスBIとLLMプラットフォームDifyの組み合わせは、医療現場におけるデータ分析のあり方を根本的に変革します。従来のIT部門依存型の分析体制から脱却し、自然言語によるクエリ生成を可能にすることで、専門知識を持たない医療従事者自身が、必要な情報を迅速かつタイムリーに得られるようになります。これにより、臨床上の疑問や経営課題に対する意思決定のスピードが劇的に向上します。導入の成功には、DifyのRAG機能を活用したデータスキーマの学習と、厚生労働省のガイドラインに準拠した厳格なセキュリティ・ガバナンス体制の構築が不可欠です。これらの要件を満たすことで、医療データの真の価値を引き出し、「現場主導」のデータドリブンな医療を実現できるでしょう。
株式会社ヘルツレーベン代表 木下 渉
株式会社ヘルツレーベン 代表取締役/医療・製薬・医療機器領域に特化したDXコンサルタント/
横浜市立大学大学院 ヘルスデータサイエンス研究科 修了。
製薬・医療機器企業向けのデータ利活用支援、提案代行、営業戦略支援を中心に、医療従事者向けのデジタルスキル教育にも取り組む。AI・データ活用の専門家として、企業研修、プロジェクトPMO、生成AI導入支援など幅広く活動中。

