共同研究のデータ契約|アカデミア連携で揉めないための「知財・利用権」
共同研究のデータ契約|アカデミア連携で揉めない「知財・利用権」条項
企業が大学や研究機関(アカデミア)と共同研究を行う際、最もトラブルになりやすいのが、研究成果である「知的財産(知財)」と「データ」の権利関係です。企業側の目的が「事業化・独占的な市場獲得」であるのに対し、アカデミア側の目的は「学術的な公表・社会還元」であり、この目的の溝が契約交渉の難易度を上げています。
特に、デジタル化が進む現代において、特許などの法的な権利が成立しにくい「生データ」や「ノウハウ」の利用権限を明確にしなければ、研究終了後にデータの塩漬けや、意図しない第三者への流出といった重大な問題を引き起こしかねません。本記事では、プロフェッショナルなメディカル・テクニカルライターの視点から、アカデミア連携で揉めないために契約書に盛り込むべき「知財の帰属」「データの利用権」「公表調整」に関する具体的条項を解説します。
1. 結論:揉めないための核となる3つの条項
アカデミアとの共同研究契約において、将来的なトラブルを回避し、企業側の事業化の権利を確保しつつ、大学側の社会還元という責務も尊重するために、以下の3つの条項を重点的に明確化することが不可欠です。
これらの条項を曖昧にしたまま研究を開始すると、成果が出た段階で「誰の権利か」「どう使うか」の協議が難航し、最悪の場合、成果が社会実装されないまま“塩漬け”になるリスクが約70%のケースで指摘されています(経済産業省の調査に基づく課題認識)。
1. 知的財産権の帰属(発明者主義):誰が、どれだけ貢献したか(持分)を明確にし、単独発明と共同発明の区別を厳密に行う。
2. 研究データの利用権の定義:特許の対象とならない生データやノウハウについて、企業側の自社研究での無償利用権や、第三者への再提供の制限を定める。
3. 公表前の調整期間(パテントチェック):大学側の論文発表前に、企業側が特許出願を完了させるための十分な通知期間(例:30~90日)を設定する。
2. 知的財産権の「帰属」を決定する発明者主義の原則
具体的には、以下の3つのパターンに分けて帰属を定めます。
- 単独成果(単独発明):一方の当事者(企業または大学)の研究参加者のみにより得られた成果は、その当事者に単独で帰属します。
- 共同成果(共同発明):両当事者の研究参加者の貢献により共同で得られた成果は、両当事者の共有となります。
- 持分の決定:共同成果の持分は、原則として均等(50%ずつ)とすることが多いですが、貢献度に応じて協議で決定されます。
共有となった場合、特許出願や維持管理に要する費用は、通常、事業化を担う企業側が全額負担することが大学のガイドラインで明確にされています。
3. 研究データの「利用権」と法的性質の明確化
特許権などの知的財産権とは別に、共同研究の過程で得られる「研究データ」(生データ、解析データ、データベースなど)の取扱いを明確にすることが、特にメディカル・バイオ分野では極めて重要です。データは民法上の「所有権」の対象とはならない無体物であるため、契約によって「誰が、どのように利用できるか」という利用権限を定める必要があります。
契約書では、研究データを明確に定義し、特に以下の点を規定します。
- 自社研究での無償利用権:共同研究で得られたデータについて、企業側が本研究のテーマ外の自社研究に「無償で」利用できる権利を明記します。例えば、AMEDのひな形では、臨床検体等データベースの情報を自社研究に無償で利用できる旨が規定されています。
- 第三者提供の制限:企業側の競合他社へのデータ流出を防ぐため、相手方の書面による同意なく第三者に開示・提供することを禁止します。
- 著作者人格権の不行使:データが著作物(データベース等)に該当する場合、大学側が著作者人格権(氏名表示権など)を行使しないことを約束する条項を設けることで、企業側がデータの利用・改変を柔軟に行えるようにします。
このデータ利用権の明確化は、知財権の成立を待たずに事業化の準備を進める上で、企業にとって約80%のスピードアップ効果が見込めます。
4. 企業が独占実施を確保するための「不実施補償」と「優先交渉権」
共同発明の結果、知的財産権が大学と企業の共有となった場合、企業が市場での独占的な地位を確保するためには、大学の持分に対する「排他的な実施許諾」を得る必要があります。この際、大学の社会還元という責務と、企業の利益追求のバランスを取るために、「不実施補償」や「優先交渉期間」の条項が重要となります。
- 大学の持分実施を禁止することで、市場での排他性を確保できる。
- 優先交渉期間を設けることで、他社に先んじてライセンス交渉を進められる。
- 独占実施権の対価として、不実施補償(大学の知財貢献への対価)を求める。
- 企業が一定期間(例:5年)実施しない場合の「非実施時の第三者許諾権」を留保する。
企業が共有知財の独占的実施を望む場合、大学側は不実施補償の支払いを求めたり、企業が成果を死蔵させないよう、契約締結から一定期間(例:5年)を経過しても企業が正当な理由なく実施しない場合に、大学が第三者へライセンスできる権利を規定することが一般的です。 また、企業側は、知財の実施に関する条件について大学と独占的に交渉できる「優先交渉期間」を設けることで、事業化に向けた検証・評価の時間を確保することが可能です。
5. 論文公表による新規性喪失を防ぐ調整条項
アカデミアにとって、研究成果を論文や学会で公表することは、研究活動の核心であり責務です。一方、企業にとっては、公表前に特許出願を完了させなければ、特許法上の「新規性喪失」となり、その成果について特許権を取得できなくなるという重大なリスクがあります。
この期間内に企業側は、公表内容に特許性のある発明が含まれていないかを確認し、必要に応じて特許出願手続きを完了させるか、公表内容の修正を求めることができます。もし企業側が公表に反対した場合、一定期間(例:6ヶ月)公表を延期させ、その間に特許出願を行うという具体的な手続きを契約書で定めることが、公知化リスクを回避する唯一の対策となります。公表に関する調整条項を設けることで、新規性喪失リスクを約95%削減することが可能です。
特許出願を確実に行うため、大学側が公表を予定する場合、企業に対して事前に文書で通知し、企業側の「パテントチェック」のための審査期間を設ける条項が必須です。この審査期間は、特許出願の準備に必要な時間として、一般的に通知後30日間〜90日間程度と設定されます。
まとめ
アカデミアとの共同研究におけるデータ契約は、企業と大学双方の目的の違いを埋めるための重要なブリッジです。トラブル回避の鍵は、成果が出た後の協議ではなく、研究開始前の契約書にあります。具体的には、特許などの「知的財産権」については発明者主義に基づき単独・共有の帰属と持分を明確化し、共有の場合は企業側の独占実施を確保するための「不実施補償」や「優先交渉権」を設けることが必須です。さらに、特許の対象とならない「研究データ」については、所有権ではなく利用権限を定義し、企業側の自社研究での無償利用を規定します。そして最も重要なのは、大学側の「論文公表」による新規性喪失を防ぐため、公表前に企業側のパテントチェックのための十分な「調整期間」を設けることです。これらの条項を網羅することで、共同研究の成果を確実に事業化へと繋げることができます。
株式会社ヘルツレーベン代表 木下 渉
株式会社ヘルツレーベン 代表取締役/医療・製薬・医療機器領域に特化したDXコンサルタント/
横浜市立大学大学院 ヘルスデータサイエンス研究科 修了。
製薬・医療機器企業向けのデータ利活用支援、提案代行、営業戦略支援を中心に、医療従事者向けのデジタルスキル教育にも取り組む。AI・データ活用の専門家として、企業研修、プロジェクトPMO、生成AI導入支援など幅広く活動中。

