データインテグリティ(DI)実践ガイド|ALCOA+原則を業務プロセスに落とし込む「SOP作成」
データインテグリティ(DI)実践ガイド:ALCOA+原則をSOPに落とし込む手順
近年、医薬品・医療機器業界において、規制当局はデータの信頼性、すなわちデータインテグリティ(DI)への監視を世界的に強化しています。DI違反は、製品の回収や承認遅延、さらには企業の信頼失墜に直結する重大なリスクです。このDIを現場レベルで確実に担保するために不可欠なのが、業務標準手順書(SOP:Standard Operating Procedure)の徹底的な見直しと実践です。SOPは単なる文書ではなく、DIの核心原則である「ALCOA+(アルコアプラス)」を日々の業務プロセスに落とし込み、人為的ミスや不正を構造的に防ぐための「設計図」と言えます。本記事では、DIの基本原則であるALCOA+を解説し、それを具体的なSOPとして現場に適用するための実践的なステップを、専門的な視点から網羅的にガイドします。
1. DIの重要性とSOP作成が「結論」である理由
データインテグリティ(DI)は、医薬品・医療機器の品質保証において、データが「完全で、一貫性があり、正確である」ことをデータライフサイクル全体を通じて保証する概念です。規制当局は、製造・試験・管理の全ての記録に対してDIの確保を求めており、もしDIに不備があれば、その製品の信頼性そのものが揺らぎます。PMDAなどの規制当局は、作成及び保管すべき手順書や記録に欠落がないか、正確な内容であるかを継続的に管理することを企業に期待しています。
この期待に応え、DIを確実に担保するための最も重要な手段がSOPの作成と実行です。SOPは、単に作業手順を記すだけでなく、どのデータがクリティカルで、それをどのように収集・記録・保存・レビューするかを具体的に定義し、ALCOA+原則を満たすための具体的な管理策を組み込む必要があります。全ての業務プロセスをSOPとして明確化し、逸脱を許さない運用を徹底することこそが、DIを組織全体で担保するための「結論」であり、必須の構造的アプローチとなります。
DIは、データの生成から処理、報告、保存、廃棄に至るまでのデータライフサイクル全体で確保される必要があります。SOPは、このライフサイクルの各段階で「誰が、何を、いつ、どのように」行うかを具体的に定義し、約100%の網羅性をもってデータ管理の基盤を築く必要があります。
2. DIの核心原則:ALCOA+(アルコアプラス)の定義と構成要素
データインテグリティの国際的な基準は、FDA(米国食品医薬品局)やEMA(欧州医薬品庁)などが提示する「ALCOA原則」に基づいています。これは、データが信頼できるために満たすべき5つの基本要件の頭文字をとったものです。さらに近年、データライフサイクル全体への適用を強化するため、Complete(完全性)などの要素を加えた「ALCOA+(アルコアプラス)」が国際的に推奨されています。
ALCOA+原則を理解することは、SOPに何を盛り込むべきかを明確にする土台となります。特に、電子記録が主流となる現代において、ALCOA+の各要素をシステムとプロセスの両面から満たすことが重要です。例えば、電子化されたデータ管理システムを導入する際には、システムがALCOA+の要件を技術的に満たしているか(システムのバリデーション)を確認し、そのシステムをどのように運用するかをSOPで定義する必要があります。これにより、約9つの要件全てに対して、組織的な管理策を講じることが可能となります。
| 原則 | 要素(和訳) | SOPで担保すべき内容 |
|---|---|---|
| A | Attributable(帰属性) | 誰が、いつ、記録または変更を行ったか(署名、ID、タイムスタンプ) |
| L | Legible(判読性) | データが明確に読み取れ、理解可能であるか(インク、フォーマット) |
| C | Contemporaneous(同時記録性) | 作業実施と同時に記録されているか(リアルタイム記録) |
| O | Original(原本性) | データが最初の記録(生データ)であるか、または真正コピーであるか |
| A | Accurate(正確性) | データが真実を正確に反映しているか(バリデーション、校正) |
ALCOA+では、これに加えてComplete(完全性)、Consistent(一貫性)、Enduring(耐久性/永続性)、Available(必要時の利用可能性/可用性)の4要素が加わり、データの生成から廃棄までのライフサイクル全体をカバーします。
3. ALCOA+をSOPに落とし込むための3つのステップ
ALCOA+原則を組織のSOPに組み込むには、以下の3つのステップを踏むことが効果的です。この手順により、単に規制要件を満たすだけでなく、業務の効率とデータの信頼性の両立を目指します。
まず、製造・試験・管理プロセスで使用される全てのデータについて、そのクリティカリティ(重要度)と、DI違反のリスクが高まるプロセス上の脆弱性(人為的介入の可能性、古いシステムの使用など)を特定します。特に、スタンドアローン型のHPLCなど、アクセスコントロールや監査証跡機能が不十分な機器は、SOPによる補完が必須です。
特定されたリスクと脆弱性に対し、ALCOA+の各要素を満たすための具体的な管理策を設計します。例えば、電子記録における「帰属性」と「同時記録性」を確保するために、ユーザーIDとパスワードによるアクセス制限、タイムスタンプ付きの自動記録、および監査証跡(Audit Trail)の運用手順をSOPに明確に組み込みます。これにより、約70%のDI課題はプロセス改善とSOPの徹底によって解決できるとされています。
作成したSOPは、現場の作業員が容易に理解し、実行できる形式で文書化します。専門用語を避け、具体的な操作手順をステップ形式で記述することが重要です。また、SOPの改訂時には、必ず対象者全員に教育訓練を実施し、規定された手順が現場で約100%遵守されるよう徹底します。SOPは一度作って終わりではなく、技術やシステムの変更に伴い、最低でも年1回はDIの観点からレビューすることが求められます。
4. 【実践例】ALCOA+別:SOP記述に盛り込むべき管理策
- 帰属性(Attributable)の確保:紙記録の場合、全ての記録に手書きの署名と日付、時刻を記入することを規定します。海外規制当局から印鑑の運用強化を指導される事例もあるため、電子署名機能がない機器の運用では、ユーザーIDを明確にした記録用紙をSOPで定義します。また、GMP区域内の時計を統一し、記録時刻の信頼性を約100%確保する手順を盛り込みます。
- 判読性(Legible)の確保:鉛筆や消しゴム、修正液の使用をSOPで禁止します。記録の訂正は、二重線で取り消し、訂正者の署名、日付、訂正理由を記載する手順を明確に定めます。これにより、約5つの必須情報が記録変更時に残ることを保証します。
- 同時記録性(Contemporaneous)の確保:機器の使用開始・終了時刻、測定値などを「その場で」記録する手順を規定します。例えば、機器使用台帳への記入漏れは、同時記録性の欠如として指摘されるため、SOPで「測定開始直前の記録を義務付ける」などと具体的に記述します。
- 原本性(Original)の確保:電子記録の場合、生データ(ダイナミック・レコード)を、再処理や評価が可能な状態で保存する手順をSOPに定めます。紙に印刷しただけの記録を生データと見なさない運用を原則とし、電子データの長期保存に関する手順をSOPに明記します。
電子記録のDI確保には、厚生労働省のERES(電磁気的記録及び電子署名)指針に示される「アカウント管理」「アクセス制限」「監査証跡」の3機能が必須です。SOPでは、これらの機能をどのように運用するか(例:監査証跡の定期的なレビュー手順)を詳細に規定します。
5. SOPの形骸化を防ぐ「DI文化」の醸成と継続的改善
どれほど完璧なSOPを作成しても、現場での運用が形骸化すればDIは担保できません。SOPは作成して終わりではなく、組織全体でDIを遵守する「文化」を醸成し、継続的に改善していくことが不可欠です。PMDAも、DI手順書を作成するだけでなく、その後の運用が重要であることを指摘しています。
SOPの形骸化を防ぐためには、以下の要素をDI手順書や関連文書に盛り込む必要があります。
- 逸脱管理の徹底:SOPからの逸脱が生じた場合、その原因を究明し、所要の是正措置及び予防措置(CAPA)をとる手順を明確に規定します。この記録は、後続の査察で約100%提出が求められる重要な文書となります。
- SOPの定期的なレビュー:SOPは、システムの更新や業務プロセスの変更、規制の改正などに伴い、定期的に見直す手順を定めます。SOP改訂時の単純なミスで重要な規定が削除されてしまう事例もあるため、改訂管理は特に厳格に行います。
- トップマネジメントの関与:DIは現場任せにせず、経営層がデータガバナンスとリスク管理の責任を持つことをSOPや品質マニュアルに明記します。これにより、DIの取り組みが単なる規制対応ではなく、企業戦略の一部として位置づけられます。
電子記録の監査証跡(Audit Trail)は、データの作成・変更・削除の履歴を記録したものですが、これが「活用」されていなければ意味がありません。SOPには、監査証跡を「誰が、いつ、どのような頻度で、どのような観点(例えば、OOS処理や手動解析の妥当性)でレビューするか」を具体的に記載し、そのレビュー記録を残すことを義務付けなければなりません。
まとめ
データインテグリティ(DI)は、医薬品・医療機器の信頼性を担保するための根幹であり、規制当局の査察で最も重視される項目の一つです。DIを現場で実践するための結論は、DIの核心原則であるALCOA+(Attributable, Legible, Contemporaneous, Original, Accurate, Complete, Consistent, Enduring, Available)を、業務標準手順書(SOP)に具体的に落とし込み、これを徹底して運用することにあります。SOP作成においては、まずデータクリティカリティとプロセス脆弱性を特定し、次にALCOA+を満たすアクセス制限や監査証跡の運用などの管理策を設計し、最後に効果的な文書化と教育訓練を通じて現場に定着させることが重要です。SOPを単なる文書として終わらせず、逸脱管理や定期的なレビューを通じて継続的に改善し、組織全体でDIを遵守する「文化」を醸成することが、患者の安全を守り、企業の信頼を維持するための絶対条件となります。
株式会社ヘルツレーベン代表 木下 渉
株式会社ヘルツレーベン 代表取締役/医療・製薬・医療機器領域に特化したDXコンサルタント/
横浜市立大学大学院 ヘルスデータサイエンス研究科 修了。
製薬・医療機器企業向けのデータ利活用支援、提案代行、営業戦略支援を中心に、医療従事者向けのデジタルスキル教育にも取り組む。AI・データ活用の専門家として、企業研修、プロジェクトPMO、生成AI導入支援など幅広く活動中。

