Difyで実現するRWEのパーソナライズ展開。本部の解析結果を、現場の「武器」へ。
Difyで実現するRWEのパーソナライズ展開戦略
製薬業界において、リアルワールドエビデンス(RWE)は医薬品開発やマーケティング戦略の効率を劇的に向上させる鍵として注目されています。しかし、本部で高度に解析されたRWEの知見が、Medical Representative(MR)をはじめとする現場の営業担当者にとって「複雑すぎて使いこなせない」「医師の質問に即座にパーソナライズして提供できない」というギャップが大きな課題となっています。本記事は、オープンソースのLLMアプリケーション開発プラットフォーム「Dify」を活用し、このギャップを埋める具体的なソリューションを提示します。Difyの持つRAG(検索拡張生成)やAgent/Workflow機能が、RWEを個々の医師や患者背景に合わせた「生きた武器」へと変貌させ、製薬企業の収益性向上と医療の質の向上に貢献する道筋を、プロフェッショナルな視点から深く解説します。
1. RWE活用の現状と本部と現場の間に存在するギャップ
リアルワールドエビデンス(RWE)は、電子カルテやレセプト、患者レジストリなどのリアルワールドデータ(RWD)を解析することで得られる、現実世界での医薬品の有効性・安全性に関する重要な情報です。米国FDAでは、2019年には承認申請の約75%でRWEが組み込まれていましたが、2021年上半期にはその割合が96%に増加するなど、規制当局からの支援も加速しています。 しかし、この高度な知見を現場のMRが活用するには大きな課題があります。RWEは統計学的に複雑であり、報告書は専門用語に満ちているため、MRがその場で医師のニーズに合わせて情報を抽出・要約することが極めて困難です。日本製薬工業協会(製薬協)の調査では、RWD/RWEを扱う「人材不足」や「社内体制の未整備」が活用を阻む主な理由の一つとされています。 この結果、本部が多大なコストと時間をかけて解析したRWEが、現場では十分に「武器」として機能せず、医師との対話における価値提供の機会を逸失している現状があります。
RWEの価値は製品ライフサイクル全体に及びますが、特に営業マーケティング部門においては、RWEから得られるインサイトを製品ライフサイクルにおけるあらゆる意思決定に活用していく必要があります。 このインサイトを現場で活かすには、複雑な解析結果を「医師の専門領域」や「患者のサブグループ」に合わせてパーソナライズする仕組みが不可欠です。
2. 結論:DifyがRWE活用にもたらす「パーソナライズ」の価値
Difyは、RAG(Retrieval-Augmented Generation)とAgent/Workflowの機能を統合したLLMアプリケーション開発プラットフォームであり、RWEの現場活用における最大の課題である「パーソナライズ化」を技術的に解決します。従来のRWE活用は、本部が作成した標準的なスライドやレポートの提供に留まり、パーソナライズ度は極めて低かったと言えます。Difyを導入することで、本部が保有する膨大なRWEレポート(PDF、CSV、内部資料など)をRAGの知識ベースとして一元管理し、MRからの自然言語による質問に対し、関連性の高い情報を瞬時に検索・抽出し、LLMが医師の文脈に合わせて要約・生成することが可能になります。これにより、MRは「〇〇疾患で、かつ△△の併存疾患を持つ患者群における有効性データ」といった、極めてニッチで具体的な質問にも、わずか数秒で裏付けのあるエビデンスを提供できるようになります。この即時性とパーソナライズ性が、MRの医師への価値提供能力を飛躍的に向上させます。
- RAGによる知識の民主化: 専門知識の壁を取り払い、非専門家であるMRでもRWEを容易に検索・理解可能にします。
- Agentによる自動文脈化: 医師の属性(専門、所属)や過去の対話履歴を考慮し、RWEの提示方法を自動調整します。
- Workflowによるタスク自動化: RWE抽出、グラフ生成、メール文作成といった一連のタスクを自動化し、MRの業務時間を年間約20%削減する効果が期待できます。
3. 課題解決のメカニズム:RAGとAgentによる知識の民主化
DifyにおけるRWEパーソナライズ展開の核心は、その強力なRAGエンジンとAgent機能の連携にあります。まず、RAGエンジンは、製薬企業が保有する数千ページに及ぶRWEレポートや論文、社内解析結果を知識ベースとして取り込みます。DifyはPDFやMarkdownなど20種類以上のドキュメント形式に対応しており、これらの非構造化データをEmbeddingモデルを用いて数値ベクトル化することで、高度なセマンティック検索(意味検索)を可能にします。これにより、従来のキーワード検索では見落とされていた、文脈的に関連性の高いRWEを漏れなく抽出できます。
次に、Agent(インテリジェント・エージェント)がこのRAG検索結果を基に動作します。Agentは、MRが入力した「医師の氏名、専門領域、質問内容」といったコンテキスト情報を受け取り、以下のステップでRWEをパーソナライズします。
MRの入力に基づき、対象疾患、治療薬、患者属性などのキーワードを生成し、RWE知識ベースに対してハイブリッド検索(ベクトル+キーワード)を実行します。
抽出されたRWEの断片を、医師の専門性を考慮したトーンと表現で再構築・要約し、医師が最も関心を持つ「リアルワールドでのアウトカム」を強調します。
対話形式の回答、または提示用スライドの骨子など、MRが現場で使いやすい形式で出力します。
4. Dify Workflowを活用したRWEパーソナライズ展開の設計図
DifyのWorkflow機能は、RWEのパーソナライズ展開を単なるQ&Aツールから、MRの営業活動全体を支援する自動化パイプラインへと進化させます。Workflowデザイナーを使用することで、RAG検索、LLMによる要約、外部ツール(CRM、データ可視化APIなど)との連携といった複数のステップを視覚的に統合し、複雑なビジネスロジックを簡単に構築できます。例えば、「特定医師への訪問準備」という一つのトリガーから、以下のプロセスを自動実行できます。
| ステップ | Difyの機能 | 実行されるアクション |
|---|---|---|
| 1. 医師プロファイル取得 | 外部Tool連携(CRM) | 医師の専門領域、過去の関心領域、直近の処方傾向データを取得。 |
| 2. RWEの抽出・文脈化 | RAG & LLM Agent | プロファイルに基づき、最適なRWEレポートを検索し、要点を300字で要約。 |
| 3. プレゼン資料の骨子生成 | LLM生成 | 要約されたRWEを基に、訴求力の高いプレゼンテーションの構成案を生成。 |
| 4. 最終確認と通知 | Workflow/通知機能 | 生成された情報をMRのモバイルアプリにプッシュ通知し、訪問直前に確認を促す。 |
この設計図により、MRはRWEを探す手間から解放され、対話の質を高めることに集中できます。結果として、RWEを製品ライフサイクル全体で活用し、製薬企業が求める収益性向上を実現するための「知の資産」を蓄積することが可能になります。
5. MR現場におけるRWE即時提供のケーススタディ
Difyを用いたRWEパーソナライズ展開は、MRの医師へのアプローチを根本から変えます。従来のMRは、事前に準備した標準的な資料に頼るか、医師の質問に即答できず「後日資料をお持ちします」となることが頻繁にありました。Dify AgentをMRのモバイルツールに組み込むことで、この状況が一変します。
【具体例:特定サブグループへの訴求】
あるMRが、専門性の高い循環器内科医を訪問したとします。医師は、「あなたの薬剤は、透析を必要とする重度の腎機能障害を持つ心不全患者にも、RCT(ランダム化比較試験)と同様の有効性を示すのか」と質問しました。これは、RCTの対象外となることが多く、RWEでしか検証できない典型的な質問です。従来のMRは、本社に戻って解析チームに依頼し、回答に数日を要していました。しかし、Dify Agentを搭載したMRは、モバイルアプリに以下の質問を音声またはテキストで入力します。
- 「薬剤名X、心不全、腎機能障害(透析患者)、RWEでの有効性」
- 「対象医師:〇〇病院 鈴木医師、専門:循環器内科」
DifyのAgentは、瞬時にRAG知識ベースから「透析患者のサブグループ解析」に関するRWEレポートを特定し、LLMが「本解析では、透析を必要とする患者(n=1,200)において、主要評価項目である心血管イベントリスクを25%低減(p<0.01)することが示されています」といった、医師が求める具体的な数値と文脈を生成します。この即座の、裏付けのあるパーソナライズされた回答により、MRは医師からの信頼を勝ち取り、対話の質と深さを飛躍的に向上させることができます。
6. 導入・運用における留意点:データガバナンスと信頼性の確保
具体的な運用上の留意点としては、以下の3点が挙げられます。
- RAG知識ベースの品質管理: 登録するRWEドキュメントは、必ず社内のメディカル部門(Medical Affairs)が承認した最新版のみに限定し、定期的な監査を実施します。
- セキュリティとアクセス制御: Difyのアクセス権限管理機能を活用し、機密性の高いRWEデータへのアクセスをMRの役割や担当領域に応じて厳格に制限します。
- ハルシネーション対策の徹底: LLMの生成結果には必ず出典元となるRWEレポートのページ番号やIDを付記し、MRが医師に提示する際に「裏付け」を示せるようにします。
RWEを活用する製薬企業は、臨床開発、Medical Affairs、市販後安全性、HEOR/HTAといった複数の分野での課題を整理し、優先順位付けを行う必要があります。 Dify Agentの出力が、これらの各部門の承認プロセスを経ているかを確認する「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の仕組みをWorkflowに組み込むことが、コンプライアンス遵守の絶対条件となります。
まとめ
Difyを活用したRWEのパーソナライズ展開は、製薬業界の長年の課題であった「本部で生まれた高度な知見と現場での活用ギャップ」を埋める、革新的なソリューションです。DifyのRAGエンジンは、複雑なRWEデータをMRが容易に検索・アクセスできる知識ベースへと変換し、Agent/Workflow機能は、医師の専門性や患者の背景といった文脈に合わせて、必要なエビデンスを瞬時に抽出・要約することを可能にします。これにより、MRは「後日対応」をなくし、医師との対話の場で具体的な数値に基づいたパーソナライズされた情報提供を実現できます。このアプローチは、MRの営業効率を向上させるだけでなく、最終的には医師の治療判断の質を高め、患者のQOL向上という医療本来の目的に貢献します。導入にあたっては、データガバナンスとRWEの信頼性確保が不可欠ですが、Difyの柔軟なWorkflow設計により、コンプライアンスを遵守した「現場の武器」を構築することが可能です。RWE活用を次のステージに進めるため、Difyによるパーソナライズ化の戦略的導入を強く推奨します。
株式会社ヘルツレーベン代表 木下 渉
株式会社ヘルツレーベン 代表取締役/医療・製薬・医療機器領域に特化したDXコンサルタント/
横浜市立大学大学院 ヘルスデータサイエンス研究科 修了。
製薬・医療機器企業向けのデータ利活用支援、提案代行、営業戦略支援を中心に、医療従事者向けのデジタルスキル教育にも取り組む。AI・データ活用の専門家として、企業研修、プロジェクトPMO、生成AI導入支援など幅広く活動中。

