【2025年最新】なぜ医療DXは進まない?現場の3つの壁と小さな一歩
【2025年最新】なぜ医療DXは進まない?現場の3つの壁と小さな一歩
少子高齢化による人手不足や医療費の増大といった課題を解決する切り札として、「医療DX」に大きな期待が寄せられています。しかし、その重要性が叫ばれる一方で、多くの医療現場では導入が思うように進んでいないのが現状です。
この記事では、医療DXが進まない根本的な原因「3つの壁」を現場の本音から解説します。さらに、2025年を見据えた国の最新の診療報酬改定の動向と、明日からでも実践できる具体的な第一歩を、医療機関の経営者や現場スタッフの方々に向けて紹介します。
そもそも医療DXとは?目指すべき未来の姿
医療DX(デジタルトランスフォーメーション)は、単に紙の記録を電子化する「デジタイゼーション」や、業務フローを効率化する「デジタライゼーション」とは一線を画します。医療DXとは、保健・医療・介護の各段階で発生する情報やデータを、全体最適化された基盤を通して、業務やシステムの外部化・共通化・標準化を図り、社会や生活の形を変えることと定義されています。
医療DXの定義
従来のデジタル化が「紙カルテ → 電子カルテ」といった部分的な効率化を目指していたのに対し、医療DXは「医療システム全体の変革」と「組織文化・プロセスの根本改革」を通じて、最終的に新しい価値の創出を目指します。
政府の「医療DX令和ビジョン2030」
政府が掲げる「医療DX令和ビジョン2030」では、日本の医療情報のあり方を根本から解決するため、以下の3つの柱を掲げています。
- 全国医療情報プラットフォームの創設:オンライン資格確認システムのネットワークを拡充し、レセプト、特定健診情報、予防接種、電子処方箋などの情報を必要なときに共有・交換できる仕組み。
- 電子カルテ情報の標準化等:全国どの医療機関でも患者の診療情報が共有できる環境の整備。
- 診療報酬改定DX:医療機関の請求業務の効率化。
これらを実現することで、患者はどの医療機関にかかっても、自身の正確な診療情報に基づいた質の高い医療を継続して受けられる未来を目指しています。
導入が進んだ先の未来:医療DXがもたらす3つのメリット
メリット1:業務効率化と医療従事者の負担軽減
電子カルテやオンライン予約・問診システムの導入により、業務フローが自動化されます。特に、情報の二重入力や確認作業が削減されることで、医師や看護師は本来の専門業務である患者ケアに集中できるようになります。
メリット2:医療の質の向上と安全性の確保
全国の医療機関で患者情報(薬剤情報、健診結果など)が共有されることで、重複投薬や不要な検査のリスクを減らすことが可能です。 また、将来的にはAIによる診断支援が加わり、医師の判断をサポートすることで、診断精度の向上に貢献します。
メリット3:患者の利便性向上と満足度アップ
オンライン診療の導入は、患者の通院負担を軽減します。さらに、キャッシュレス決済の導入は会計の待ち時間を短縮し、マイナポータルなどを通じた健康情報ポータルは、患者が自身の治療に主体的に参加するための情報提供を促進します。
医療DXを阻む「3つの壁」- 現場の本音とは
壁1:高額な初期費用と見えにくい投資対効果
DX推進の最大のハードルの一つは「コスト」です。電子カルテシステムの導入費用、ネットワーク・ハードウェアの整備費用、スタッフ研修費用といった初期費用に加え、システム保守・更新、セキュリティ対策、サポート費用といったランニングコストも継続的に発生します。
特に中小クリニックや地方の医療機関では資金力に限界があり、DXの短期間での収益改善効果が見えにくいため、経営層の導入判断が困難になるケースが多いのが現状です。
壁2:IT人材の不足と職員のデジタルリテラシー格差
DXの運用を支えるIT専門人材が医療機関では決定的に不足しています。 また、職員間でITリテラシーにばらつきがあり、新しいシステムの操作習得に時間がかかったり、現場の抵抗感につながったりすることも少なくありません。
その結果、「新システムを導入したが操作に戸惑い、かえって業務が非効率になった」という悪循環に陥り、現場の反発を招き、DX推進が停滞する大きな要因となっています。
壁3:強固なセキュリティと個人情報保護の壁
医療データは病歴などの機微な情報を含むため、極めて高いセキュリティ対策が求められます。情報漏洩や不正アクセスのリスクに対する不安が、医療DXの推進を遅らせる大きな要因です。
セキュリティ対策を強化することは必須ですが、それ自体がコスト増加につながるため、「セキュリティリスクの回避」と「コスト削減・効率化」のジレンマに陥りやすく、導入への慎重姿勢を強めています。
【2025年最新動向】国の診療報酬改定と医療DX推進策
2025年は医療DX推進体制を評価する「医療DX推進体制整備加算」の要件が大幅に見直され、DXへの取り組みが診療報酬にさらに直結する重要な転換点となります。
医療DX推進体制整備加算の大幅な見直し(2025年4月・10月)
2024年度の診療報酬改定で新設された本加算は、2025年に入り、段階的に要件が厳格化されます。
- 電子処方箋の有無による区分(2025年4月〜):電子処方箋管理サービスに処方情報を登録できる体制を有しているか否かで、加算の区分(加算1〜3/加算4〜6)が細分化されます。導入済みの医療機関と未導入の医療機関の間で2点の差を設けることで、電子処方箋の導入を強く推進する評価体系となりました。
- マイナ保険証利用率の段階的引き上げ(2025年4月〜):施設基準となるマイナ保険証の利用率(レセプト件数ベース)の実績要件が段階的に引き上げられます。例えば、2025年4月からの適用には、前年(2024年)1月〜の利用率が基準となります。
- 2025年10月以降のさらなる厳格化:2025年10月以降についても、マイナ保険証利用率の実績要件が時期に応じたメリハリのある評価となるよう、さらなる検討・設定が進められています。
新設・見直された主な加算制度
在宅医療分野でもDXを評価する加算が設けられています。
| 加算名 | 対象 | 加算点数 | 要件 |
|---|---|---|---|
| 在宅医療DX情報活用加算 | 医科・歯科の訪問診療 | 医科: 10点、歯科: 8点 | オンライン資格確認システムや電子処方箋の活用体制を評価。電子処方箋管理サービスへの処方情報登録体制の有無で区分が設けられる。 |
これらの動向から、国は「DX推進の体制を整える」こと自体を評価する段階から、「実際にデジタルツールを活用し、質の高い医療提供を行う」医療機関を優遇する評価へとシフトしていることが分かります。
従来のアナログ業務との比較
DX化は、日々の業務に以下のような具体的な変化をもたらし、3つの壁(コスト、人材、セキュリティ)を克服する基盤となります。
| 項目 | アナログ業務 | 医療DX化業務 |
|---|---|---|
| 情報共有 | 紙カルテの物理移動、口頭伝達。時間がかかり、ミスが起こりやすい。 | 電子カルテでリアルタイム共有。正確かつ迅速な情報連携。 |
| 受付・会計 | 長い待ち時間、手作業計算。現金授受が中心。 | オンライン予約・自動精算、キャッシュレス決済対応。待ち時間短縮。 |
| データ活用 | 紙媒体のため集計・分析困難。情報活用に限界。 | 蓄積データの分析・活用。臨床研究や経営改善に貢献。 |
| 災害時対応 | 紙カルテの消失・破損リスク。BCP対策に不安。 | クラウド保管で事業継続。災害に強いシステム。 |
誰が、何をすべきか?立場別「今日からできる小さな一歩」
大きな変革には時間がかかりますが、経営者が戦略的にスモールスタートを計画することで、現場の負担を抑えつつDXを推進できます。
- Step 1: なぜDXを進めるのか?目的を明文化:「働き方改革のため」「医療の質向上のため」など、目的を全職員で共有します。
- Step 2: 国・自治体の補助金・支援策を徹底調査:高額な初期費用をカバーするため、導入前にIT導入補助金や地域医療連携に関連する補助金制度を必ず確認します。
- Step 3: スモールスタートを企画:全ての業務を一度に変えず、難易度が低く効果が見えやすい領域から導入します。
| 導入領域 | 難易度 | 効果 | 具体例 |
|---|---|---|---|
| 予約システム | ⭐⭐ | ⭐⭐⭐ | オンライン予約・受付システムの導入 |
| 問診システム | ⭐⭐ | ⭐⭐⭐ | タブレット型問診、AI問診の導入 |
| バックオフィス | ⭐ | ⭐⭐ | 稟議決裁の電子化、勤怠管理システムの導入 |
現場の医療従事者向けアクション:身近なツールに慣れる
現場スタッフ一人ひとりがデジタルツールへの抵抗感をなくし、積極的に活用することがDX成功の鍵となります。
- 今日できること: 身近なツールに慣れる:院内の既存システムを積極的に活用するほか、スマートフォンの健康管理アプリなどを試用し、デジタルツールへの関心を高めます。
- 今週できること: 小さな改善提案:「この作業、もっとデジタルで効率化できないか?」という視点を持ち、チーム内でディスカッションします。院内連絡のビジネスチャットツール化や、申し送り事項のデジタル化など、小さな改善から実践を始めることが重要です。
まとめ
医療DXが進まない背景には、「コスト」「人材」「セキュリティ」という根深い3つの壁が存在します。しかし、これらの課題は決して乗り越えられないものではなく、小さな一歩と国の推進策が後押しとなります。
国は2025年にかけて、「医療DX推進体制整備加算」の要件見直しやマイナ保険証の利用率向上、電子処方箋の有無による評価の細分化など、DXに取り組む医療機関を評価する動きを強めています。DXへの対応は、もはや義務化に近い形で重要性が高まると同時に、経済的なインセンティブも拡充されています。
重要なのは、DXを「システム導入」という一度きりのイベントではなく、「働き方や医療のあり方を変えるための継続的な取り組み」と捉えることです。経営者から現場スタッフまで全員が当事者意識を持ち、まずは難易度の低い業務からスモールスタートし、小さな成功体験を積み重ねていくことが、大きな変革への確実な一歩となるでしょう。
株式会社ヘルツレーベン代表 木下 渉
株式会社ヘルツレーベン 代表取締役/医療・製薬・医療機器領域に特化したDXコンサルタント/
横浜市立大学大学院 ヘルスデータサイエンス研究科 修了。
製薬・医療機器企業向けのデータ利活用支援、提案代行、営業戦略支援を中心に、医療従事者向けのデジタルスキル教育にも取り組む。AI・データ活用の専門家として、企業研修、プロジェクトPMO、生成AI導入支援など幅広く活動中。

