医療AI導入の落とし穴とは?メリット・デメリットと2025年の課題
近年、医療現場においてAI(人工知能)の活用が急速に進んでいます。「AIが医療を変える」という言葉を耳にする機会が増え、診断支援や業務効率化に大きな期待を寄せる医療関係者の方も多いのではないでしょうか。実際に、医療AIは医師の負担軽減や医療の質の向上に貢献する大きな可能性を秘めています。
しかし、その一方で「期待して導入したものの、うまく活用できていない」「想定外のコストや問題が発生した」といった声が聞かれるのも事実です。医療AIは決して魔法の杖ではなく、導入前に知っておくべき「落とし穴」が存在します。
この記事でわかること
- 医療AIの基本知識と具体的な種類(画像診断支援、業務効率化など)
- 医療AI導入で得られる3大メリット(診断精度向上、業務負担軽減、個別化医療)
- 見落としがちな3つのデメリットと課題(コスト、ブラックボックス問題、データセキュリティ)
- あなたの医療機関に適した医療AIの選び方と導入判断基準
1. 期待先行で大丈夫? 医療AI導入前に知るべき「現実」
医療AIに対する期待は年々高まっています。2025年には、医療AI市場は世界で約340億ドル規模に達すると予測されており、日本国内でも多くの医療機関が導入を検討しています。厚生労働省も「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」を設置し、AI活用を積極的に推進しています。
その期待の背景には、日本の医療現場が抱える深刻な課題があります。医師の長時間労働、看護師不足、地方における専門医不足といった構造的問題に加え、超高齢社会による医療需要の増大が追い打ちをかけています。医療AIはこれらの課題を解決する「救世主」として注目されているのです。
しかし、実際の導入現場では想定外の問題も発生しています。ある中規模病院では、画像診断支援AIを導入したものの、既存の電子カルテシステムとの連携がうまくいかず、かえって業務が煩雑になってしまったという事例があります。また、別の医療機関では、AIの判断根拠が不明確なため、医師がAIの提案を信頼できず、結局使われなくなってしまったケースもあります。
この記事は、医療機関の経営者や医師、情報システム担当者など、医療AIの導入を検討しているものの、以下のような不安や疑問を抱えている方に向けて執筆しています。
- 医療AIの具体的なメリットだけでなく、デメリットも正確に把握したい
- 導入にかかる費用や、費用対効果が気になる
- 万が一、AIが誤った診断をした場合の責任問題が不安だ
- 自院にはどのような種類の医療AIが合うのかわからない
2025年を見据えた最新の動向も踏まえ、貴院の医療AI導入を成功に導くための具体的な知識を提供していきます。
【出典: 保健医療分野におけるAI活用推進懇談会 – 厚生労働省】2. 今さら聞けない「医療AI」の基本と種類
医療AIとは、AI(人工知能)の技術を医療分野で活用することの総称です。AIが膨大な医療データを学習・分析することで、人間の医師の診断や治療を支援したり、医療現場の業務を効率化したりすることを目指します。
医療AIの核心技術は「機械学習」、特に「深層学習(ディープラーニング)」です。これは、人間の脳神経回路を模したニューラルネットワークを用いて、大量のデータからパターンを学習する技術です。例えば、何万枚もの肺がん患者のCT画像を学習させることで、AIは肺がんの特徴的なパターンを認識できるようになります。
医療AIの6つの重点領域
日本政府も医療分野でのAI活用を推進しており、特に以下の6つの領域で開発が重点的に進められています。
1. ゲノム医療
AIがゲノム(遺伝子)情報を解析し、がん治療の最適化などを支援します。人間ゲノムは約30億塩基対という膨大な情報量を持ちますが、AIはこの複雑なデータから、特定のがんに効果的な治療法を見つけ出すことができます。国立がん研究センターでは、AIを活用したがんゲノム医療の研究が進められています。
2. 画像診断支援
レントゲンやMRI、CTなどの医用画像をAIが解析し、医師による病変の発見をサポートします。これは現在最も実用化が進んでいる分野で、富士フイルムの「CXR-AID」やエルピクセルの「EIRL」など、実際に医療機関で使用されているAIシステムが複数存在します。
3. 診断・治療支援
膨大な論文や症例データから、個々の患者に最適な治療計画の立案などを支援します。IBMの「Watson for Oncology」は、がん治療の選択肢を提案するシステムとして知られています。
4. 医薬品開発(創薬)
AIが新薬の候補となる化合物の探索や開発プロセスを効率化します。通常10年以上かかる新薬開発期間を、AIにより大幅に短縮できる可能性があります。
5. 介護・認知症
AIが見守りシステムやリハビリ計画の作成などを通じて、介護現場を支援します。転倒予測AIや、認知症の早期発見を支援するAIなどが開発されています。
6. 手術支援
AIを搭載したロボットが、より精密な手術を可能にし、医師の負担を軽減します。ダヴィンチ手術システムに代表されるロボット支援手術は、AIの進化によりさらに高度化しています。
これらのAIは、目的や用途に応じて様々な形で医療現場に導入されています。2025年現在、特に画像診断支援AIと業務効率化AIの導入が急速に進んでおり、多くの医療機関が関心を寄せています。
【出典: 保健医療分野におけるAI活用推進懇談会報告書 – 厚生労働省】3. 医療の質と効率を劇的に変える! 医療AI導入の3大メリット
医療AIを導入することで、医療現場は具体的にどのような恩恵を受けられるのでしょうか。ここでは、特にインパクトの大きい3つのメリットを解説します。
メリット1: 診断精度の向上と見落としリスクの低減
医療AI、特に画像診断支援AIは、膨大な数の正常・異常画像を学習しており、人間の目では見逃してしまうような微細な病変を発見する能力に長けています。
実際の研究データでは、AIの診断精度は驚くべき結果を示しています。Nature Medicine誌に掲載された研究によると、GoogleのAIは乳がん検診において、米国の放射線科医と比較して偽陽性を5.7%減少させ、偽陰性を9.4%減少させました。これは、見逃しによる早期発見の機会損失を大幅に減らせることを意味します。
日本国内でも、国立がん研究センターと産業技術総合研究所が共同開発した大腸内視鏡AI診断支援システムは、ポリープの発見率を医師単独の場合と比較して約20%向上させたという報告があります。
これにより、がんなどの疾患の早期発見率が向上し、患者の予後改善に大きく貢献することが期待されます。また、AIがダブルチェックを行うことで、医師の経験やその日のコンディションに左右されない、安定した質の診断を提供し、医療過誤のリスクを低減させる効果も見込めます。
特に夜間救急や人手不足の地方病院では、専門医が常駐していない状況でも、AIが初期スクリーニングを行うことで、緊急性の高い症例を見逃すリスクを減らすことができます。
【出典: International evaluation of an AI system for breast cancer screening – Nature Medicine】メリット2: 医師やスタッフの業務負担を大幅に軽減
日本の医療現場は、医師や看護師の深刻な人手不足と長時間労働という課題に直面しています。厚生労働省の調査によれば、病院勤務医の約4割が週60時間以上働いており、過労死ラインを超える労働環境にあります。
医療AIは、こうした状況を改善する切り札として期待されています。例えば、AI音声認識でカルテ入力を自動化したり、AI問診で診察前に患者情報を効率的に収集したりすることで、医師やスタッフは煩雑な事務作業から解放されます。
具体的な導入事例として、ある総合病院では、AIによる音声認識カルテ入力システムの導入により、医師のカルテ作成時間が1日あたり平均30分短縮されました。これは年間で約120時間、約15日分の労働時間削減に相当します。
また、AI問診システムを導入した診療所では、受付スタッフの問診対応時間が70%削減され、その時間を患者対応や他の業務に充てることができるようになりました。患者側も、待ち時間にタブレットで問診を済ませられるため、診察がスムーズに進むというメリットがあります。
さらに、画像診断支援AIは、放射線科医の読影業務の負担を軽減します。AIが異常の可能性がある部分をマーキングすることで、医師は重点的にチェックすべき箇所がすぐにわかり、読影時間の短縮と精度向上を同時に実現できます。
これにより生まれた時間を、患者との対話や本来注力すべき医療行為に充てることが可能になります。医療の質を保ちながら労働時間を削減できることは、医師の働き方改革を進める上でも重要な意味を持ちます。
【出典: 医師の働き方改革に関する検討会報告書 – 厚生労働省】メリット3: 治療の個別化(プレシジョン・メディシン)の推進
ゲノム情報や生活習慣、過去の症例データといった膨大な情報をAIが統合的に分析することで、患者一人ひとりの体質や病状に最適化された治療法を提案できるようになります。これは「プレシジョン・メディシン(個別化医療)」と呼ばれ、治療効果の最大化と副作用の最小化が期待できる次世代の医療です。
従来の医療では、同じ病気には同じ治療法が適用されることが一般的でした。しかし、実際には遺伝的背景や体質により、同じ薬でも効果や副作用には大きな個人差があります。
AIを活用したプレシジョン・メディシンでは、患者のゲノム情報、過去の病歴、生活習慣データ、類似症例の治療結果などを総合的に分析し、その患者に最も効果的な治療法を予測します。
例えば、がん治療においては、腫瘍のゲノム解析結果をAIが分析し、その患者の腫瘍に最も効果的な抗がん剤や免疫療法を提案します。実際に、京都大学医学部附属病院では、AIを活用したがんゲノム医療により、従来の標準治療では効果が得られなかった患者に対して、適切な治療法を見つけ出すことに成功しています。
また、糖尿病治療においても、患者の血糖値変動パターン、食事内容、運動量などをAIが継続的に分析し、最適なインスリン投与量や生活習慣の改善提案を行うシステムが開発されています。
AIの活用は、この個別化医療を実現するための鍵となります。2025年以降、5GやIoTの普及により、ウェアラブルデバイスから得られるリアルタイムの健康データもAI分析に活用され、さらに精緻な個別化医療が可能になると期待されています。
【出典: がんゲノム医療中核拠点病院等の指定について – 厚生労働省】4. ここが落とし穴! 導入前に直視すべき3つのデメリット・課題
輝かしいメリットの一方で、医療AIの導入には慎重に検討すべきデメリットや課題も存在します。これらを事前に把握しておくことが、導入失敗のリスクを避けるために不可欠です。
課題1: 高額な導入・運用コストと費用対効果の壁
医療AIシステムの導入には、高額な初期費用がかかります。AI搭載の医療ロボットには1,000万円以上、高度なものでは1億円を超えるケースも珍しくありません。
具体的なコスト例を見てみましょう。画像診断支援AIの場合、システム本体の価格は数百万円から数千万円の範囲ですが、これに加えて既存の医療機器や電子カルテシステムとの連携に必要なインターフェース開発費用が発生します。また、院内ネットワークの増強やサーバー設備の拡充が必要になることもあります。
さらに、導入後もシステムの維持管理費やアップデート費用、スタッフの研修コストなどが継続的に発生します。AIシステムは医療技術の進歩や規制の変更に応じて定期的なアップデートが必要で、年間保守費用として初期費用の10~20%程度が相場です。
加えて、医師や技師、看護師などのスタッフがAIシステムを適切に使いこなすための研修費用や、研修期間中の業務効率低下も考慮する必要があります。
これらの投資に見合うだけの効果(業務効率化による人件費削減や、患者数の増加など)を短期的に示すことは難しく、「費用対効果がわからない」という理由で導入をためらう医療機関は少なくありません。
実際に、中小規模の医療機関では、投資回収に5年以上かかるケースもあります。診療報酬制度の中で、AI利用による追加収益が限定的であることも、費用対効果を見えにくくしている要因です。
2025年現在、一部の画像診断支援AIについては診療報酬上の加算が認められるようになりましたが、その範囲はまだ限定的です。今後、AIの医療経済的価値が正当に評価される制度設計が求められています。
【出典: 診療報酬改定について – 厚生労働省】課題2: AIの判断プロセスが不透明な「ブラックボックス問題」
特に深層学習(ディープラーニング)を用いたAIは、なぜその結論に至ったのか、人間には判断の根拠やプロセスが完全には理解できないことがあります。これを「ブラックボックス問題」と呼びます。
従来のルールベースのシステムでは、「AならばB」という明確な論理構造があり、判断過程を追跡できました。しかし、深層学習AIは膨大なデータから自律的にパターンを学習するため、なぜその判断に至ったのかを人間が理解できる形で説明することが困難です。
もしAIが誤った診断を下した場合、その原因が不明確なままでは、最終的な診断責任を負う医師が判断に窮する可能性があります。例えば、AIが「悪性腫瘍の可能性90%」と判定したとき、その根拠が「画像のこの部分の濃淡パターン」といった説明可能な形で示されなければ、医師はAIの判断を信頼すべきか、自身の見解を優先すべきか迷うことになります。
この問題は、医療の安全性や倫理、法的な責任の所在を考える上で、避けては通れない大きな課題です。日本医学放射線学会は、AI診断支援システムの使用に関するガイドラインの中で、「最終的な診断責任は医師にある」ことを明記していますが、AIの判断根拠が不明な状況でどこまで医師が責任を負うべきかは、法的にもグレーゾーンが残っています。
この課題に対応するため、「説明可能なAI(Explainable AI: XAI)」の研究開発が進められています。これは、AIの判断過程を人間が理解できる形で提示する技術です。例えば、画像診断AIが異常と判定した部分をヒートマップで可視化したり、類似症例を提示したりすることで、医師がAIの判断根拠を確認できるようにします。
2025年以降、医療AIの実装においては、このXAI技術の搭載が標準要件となりつつあります。
【出典: AI診断支援システムの使用に関する見解 – 日本医学放射線学会】課題3: データの質と量、そしてセキュリティの問題
AIの性能は、学習に用いるデータの質と量に大きく依存します。偏ったデータや質の低いデータで学習したAIは、正確な判断を下すことができません。
例えば、特定の人種や年齢層のデータに偏って学習したAIは、その集団以外に対しては精度が低下する可能性があります。実際に、欧米で開発された皮膚がん診断AIが、白人の皮膚データで主に学習されていたため、有色人種では精度が低下するという問題が報告されています。
日本国内でも、特定の医療機器メーカーの画像で学習したAIが、別メーカーの機器で撮影した画像では性能が低下するといった互換性の問題が指摘されています。
また、医療データは極めて機密性の高い個人情報(要配慮個人情報)であり、その取り扱いには細心の注意が必要です。個人情報保護法では、医療情報は「要配慮個人情報」として特別な保護が求められており、不適切な取り扱いには厳しい罰則が科されます。
AIシステムを導入する際は、不正アクセスや情報漏洩を防ぐための万全なセキュリティ対策が不可欠となります。具体的には、データの暗号化、アクセス権限の厳格な管理、定期的なセキュリティ監査などが必要です。
クラウド型のAIサービスを利用する場合は、データが海外サーバーに保存される可能性もあり、各国のデータ保護規制(EUのGDPRなど)への対応も考慮しなければなりません。
さらに、AIの学習に使用する医療データの収集には、患者の同意取得が原則として必要です。「次世代医療基盤法」により、一定の条件下で同意なしに医療データを研究利用できる枠組みも整備されましたが、運用には慎重な配慮が求められます。
2025年現在、厚生労働省は「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」を改訂し、AI利用時のデータセキュリティ基準を明確化しています。医療機関はこのガイドラインに準拠したセキュリティ体制の構築が求められます。
【出典: 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン – 厚生労働省】5. 「画像診断支援AI」と「業務効率化AI」導入するならどっち?
医療AIと一括りに言っても、その種類は多岐にわたります。ここでは、多くの医療機関にとって導入の選択肢となりやすい「画像診断支援AI」と「業務効率化AI(AI問診やカルテ入力支援など)」を比較し、それぞれの特徴を解説します。
AI画像診断システムの活用イメージ
画像診断支援AIの特徴
画像診断支援AIは、主にレントゲン、CT、MRI、内視鏡などの医用画像を解析し、病変の検出や診断を支援するシステムです。
- 主な目的: 診断精度の向上、病変の見落とし防止
- 期待できる効果:
- 医療の質の向上: 早期発見率の向上により患者の予後が改善
- 医師の診断補助: 専門医不足をカバーし、若手医師の教育にも活用
- 読影時間の短縮: AIが候補病変をマーキングすることで、医師の読影効率が向上
- 導入のポイント: 放射線科や内視鏡科など、特定の診療科での専門性を高めたい場合に有効です。特に、画像診断の件数が多い医療機関や、専門医が不足している地方病院では効果が大きいでしょう。
- 注意点: 最終判断は必ず医師が行う必要があり、AIに過度に依存しない体制が必要です。また、AIが検出した所見について、医師が適切に評価できる専門知識が求められます。
- 導入費用: 初期費用は500万円3,000万円程度、年間保守費用は50万円300万円程度が目安です。
- 具体例: 富士フイルムの「CXR-AID」(胸部レントゲン診断支援)、エルピクセルの「EIRL」(脳動脈瘤検出)、オリンパスの「EndoBRAIN」(大腸ポリープ診断支援)など。
業務効率化AIの特徴
業務効率化AIは、カルテ入力、問診、予約管理、医療事務など、医療現場の事務的業務を自動化・効率化するシステムです。
- 主な目的: 医師・スタッフの事務作業負担の軽減、待ち時間短縮
- 期待できる効果:
- 労働時間の削減: カルテ作成時間や問診時間の短縮により、医師の残業削減
- 人件費の抑制: 事務作業の自動化により、スタッフを本来業務に集中させられる
- 患者満足度の向上: 待ち時間の短縮、スムーズな診療フロー
- 導入のポイント: 診療科を問わず、院内全体の業務フローを改善したい場合に有効です。特に、医師の長時間労働が問題になっている医療機関や、受付業務が煩雑な外来の多い施設では効果的です。
- 注意点: 既存の電子カルテシステムとの連携が可能か、事前の確認が不可欠です。システム間の互換性がなければ、かえって二重入力などの手間が増える可能性があります。また、高齢患者が多い医療機関では、タブレット操作に不慣れな患者へのサポート体制も必要です。
- 導入費用: AI問診システムは月額10万円30万円程度、音声認識カルテ入力は初期費用100万円500万円+月額費用が一般的です。
- 具体例: Ubie(AI問診)、AmiVoice(音声認識カルテ入力)、MICSYS(予約・受付管理)など。
どちらを選ぶべきか?
どちらのAIが自院に適しているかは、現在抱えている課題によって異なります。
「専門医が不足しており、診断の精度に不安がある」「画像診断の件数が多く、読影業務が負担になっている」のであれば画像診断支援AIが適しています。
一方、「スタッフの残業が多く、業務に追われている」「医師がカルテ作成に多くの時間を取られている」「外来患者の待ち時間が長い」といった課題があれば、業務効率化AIが効果的な解決策となるでしょう。
また、予算や体制に余裕がある場合は、両方を段階的に導入することで、診断品質と業務効率の両面から医療の質を向上させることができます。その際は、まず導入が比較的容易で効果を実感しやすい業務効率化AIから始め、その後に画像診断支援AIを導入するというアプローチが推奨されます。
6. あなたの病院はどっち? 医療AI導入をおすすめする医療機関、慎重になるべき医療機関
医療AIは、すべての医療機関にとって万能な解決策ではありません。導入を成功させるためには、自院の状況を客観的に評価することが重要です。
医療AI導入をおすすめする医療機関
1. 明確な導入目的がある
「放射線画像の読影業務を効率化したい」「カルテ入力の時間を削減し、患者と向き合う時間を増やしたい」など、解決したい課題が具体的である医療機関は、AI導入の効果を明確に測定でき、成功しやすい傾向にあります。
例えば、「夜間救急での見落としを減らしたい」という明確な目的があれば、画像診断支援AIの導入効果を「緊急症例の早期発見率」という指標で評価できます。
2. データの活用基盤がある
電子カルテなどが整備されており、AIが学習・分析するためのデータがある程度蓄積されている医療機関は、AI導入がスムーズです。特に、画像データがDICOM形式で標準化されて保存されていることは、画像診断支援AI導入の重要な前提条件です。
3. ITに前向きな組織文化がある
新しい技術の導入に対して、経営層だけでなく現場スタッフの理解や協力が得られやすい組織文化を持つ医療機関は、AI導入後の運用もうまくいきます。
実際に、AI導入が成功している医療機関では、導入前から医師や技師、看護師を交えた検討チームを作り、現場の意見を反映させながら進めているケースが多く見られます。
4. 中長期的な視点で投資ができる
短期的な費用対効果だけでなく、将来的な医療の質の向上や競争力強化を見据えて投資を判断できる医療機関は、AI導入に適しています。
AI技術は日進月歩で進化しており、初期投資の回収には時間がかかることもありますが、中長期的には大きなリターンが期待できます。特に、地域医療の中核を担う病院や、先進医療を志向する医療機関にとって、AIは将来的な競争力の源泉となります。
導入に慎重になるべき医療機関
1. 導入目的が曖昧
「流行っているから」「他院が導入しているから」といった理由だけで、具体的な課題意識がない医療機関は、AI導入後に「思ったような効果が得られない」と感じるリスクが高いです。
まずは自院の課題を明確にし、AIがその解決策として本当に適切かを検討する必要があります。
2. ITインフラが未整備
紙カルテが中心で、院内のデータがデジタル化されていない医療機関では、AI導入以前に電子カルテシステムの導入が優先課題です。
また、院内ネットワークが脆弱で、大容量の画像データを扱えない環境では、AIシステムが十分に機能しない可能性があります。
3. スタッフのITリテラシーに不安がある
パソコン操作に不慣れなスタッフが多く、導入後の研修やサポート体制の構築が難しい医療機関では、AIシステムが活用されずに終わってしまう危険性があります。
ただし、この場合でも、段階的な研修プログラムを組むことで対応可能です。重要なのは、スタッフ教育に十分な時間と予算を確保する覚悟があるかどうかです。
4. 短期的なコスト削減のみを期待している
「AI導入後すぐに人件費が削減できる」など、過度な期待を抱いている医療機関は注意が必要です。
AIは人員削減のツールではなく、スタッフがより価値の高い業務に集中できるようにするためのツールです。導入後すぐに人員を減らすのではなく、生まれた時間を患者ケアの質向上に充てるという発想が重要です。
実際に、AI導入が成功している医療機関では、「効率化で生まれた時間を患者説明の充実に使う」「医師が研究や教育に時間を使えるようになった」といった質的な改善効果を重視しています。
7. まとめ: 医療AIは「魔法の杖」ではない。賢く付き合うための第一歩
本記事では、医療AI導入の「落とし穴」を中心に、メリット・デメリットから導入を成功させるためのポイントまでを解説しました。
医療AIは、診断精度の向上や業務負担の軽減など、医療現場が抱える多くの課題を解決するポテンシャルを持っています。画像診断支援AIによる見落とし防止、業務効率化AIによる医師の労働時間削減、プレシジョン・メディシンの実現など、その可能性は計り知れません。実際に、先行して導入している医療機関では、目に見える成果が報告されています。
しかし同時に、高額なコスト、ブラックボックス問題、データセキュリティといった無視できない課題も存在します。これらの課題を軽視して導入を進めれば、期待した効果が得られないばかりか、かえって現場の混乱を招くリスクもあります。
重要なのは、医療AIを「医師に取って代わる万能の存在」ではなく、「医師やスタッフを強力にサポートするツール」として正しく理解することです。AIはあくまで補助的なツールであり、最終的な判断と責任は人間である医師が負うという原則は揺らぎません。
実際に、日本医師会は「AIホスピタルによる高度診療提供体制の実現」を掲げていますが、その中でも「AIは医師の判断を支援するものであり、代替するものではない」と明確に述べています。
これから医療AIの導入を検討される際には、以下の3点を十分に検討することが成功の鍵となります。
- 何のために導入するのか(目的の明確化)
- 自院の現状(IT環境、スタッフのスキル)の把握
- メリットとデメリット(落とし穴)の十分な理解
2025年以降、医療AI技術はさらに進化し、普及が加速すると予測されています。「説明可能なAI(XAI)」の発展により、ブラックボックス問題は徐々に解消されていくでしょう。また、診療報酬制度の改定により、AI利用に対する経済的インセンティブも拡充される見込みです。
自院の状況を冷静に分析し、適切なタイミングで適切なAIを導入することで、医療の質向上と持続可能な医療提供体制の構築を両立させることができます。医療AIと賢く付き合っていくことが、2025年以降の医療現場を生き抜くための重要な鍵となるでしょう。
【出典: 日本医師会AIホスピタル推進センター】
株式会社ヘルツレーベン代表 木下 渉
株式会社ヘルツレーベン 代表取締役/医療・製薬・医療機器領域に特化したDXコンサルタント/
横浜市立大学大学院 ヘルスデータサイエンス研究科 修了。
製薬・医療機器企業向けのデータ利活用支援、提案代行、営業戦略支援を中心に、医療従事者向けのデジタルスキル教育にも取り組む。AI・データ活用の専門家として、企業研修、プロジェクトPMO、生成AI導入支援など幅広く活動中。

